small5
「「18世紀欧州戦乱」の文学篇へようこそだぜ!ここでは、『ロビンソン・クルーソー』で有名なダニエル・デフォーが1722年に刊行した『ペストの記憶』について紹介していくぜ!」
名もなきOL
「新型コロナウィルスで混乱している現代社会にピッタリの題材ですね。」
small5
「歴史でもよく取り上げられる『ロビンソン・クルーソー』に比べると、この本はだいぶマイナーな部類に入るだろうな。日本語訳の数も少ない。それと、もう一つ困ったことは「日本語訳のタイトルを何にするか?」っていう話だ。『ロビンソン・クルーソー』は、これがそのまま日本語での書名として根付いているから困らないのだが、『ペストの記憶』については決まった日本語訳がない。さらに困ったことに、フランスのノーベル文学賞受賞作家のアルベール・カミュが書いた『ペスト』がほぼ同じ名前だから、混同しやすい。これまた困ったもんだぜ。」
名もなきOL
「決まった訳語がない&同じ名前の有名な本がある、っていうのもなかなか無い例ですよね。」
small5
「まったくそうなんだぜ。そこで、ここでは武田正明氏が訳した『ペストの記憶』という題名で統一することにしたぜ。原題は"A journal of the pague year"(直訳すると「ペストの年の日誌」)なので、武田氏の訳が一番原題に近いかんじがするぜ。だから、ここでは『ペストの記憶』で統一して記載するぜ。」
新訳ペスト 訳:中山宥 2020年10月1日 初版第1刷発行 興陽館 412ページ
small5のオススメ
たぶん、日本語訳された『ペストの記憶』で最新の本がこれ。2020年の新型コロナウィルス蔓延の中で、新たに日本語訳された本だ。現代日本人が読みやすく理解しやすい訳語を使っているので、すらすら読める。ただ、平井訳の本などと見比べると、明らかに省略されている箇所もあるが、原作の内容を大きく損ねることになはなっていないと思うぜ。
読者の理解を助けるためのロンドン市街地地図付きだ。
small5
「舞台は1665年から1666年にかけてのイギリス、ロンドンだ。ロンドンで馬具屋を営んでいるH.Fという人物が、自らの経験や見聞きした、ペストがもたらした災い、それからその中で生きた人々の様子を描いている。これが、コロナで苦しむ現代の姿と重ねられて、最近になって注目されているんだぜ。」
名もなきOL
「small5さん、いつもは時事ネタはそんなに絡めないのに、今回は珍しくタイムリーな話をするんですね。」
small5
「そうだな、現代だってやがて歴史になるからな。というのも、デフォーと言えばロビンソン・クルーソー、という話で終わることが多いんだ。俺自身、デフォーの作品はロビンソン・クルーソーしか読んでいなかった。デフォーの他の作品まで扱うのは、専門で調べてる人くらいのもんだったんだぜ。ところが、このコロナ禍の影響で、にわかに脚光を浴びはじめたのがこの作品なんだ。」
名もなきOL
「文学の流行り廃りも、時代を反映しているんですね。」
small5
「さて、それでは、まずはあらすじから入っていくぜ。
最初は、外国のオランダでペストがはやり始めているらしい、という噂を主人公が耳にするところから始まる。当時、ペストは恐ろしい死病だった。ペストにかかったら、まず助からない。待っているのは死だったんだ。」
名もなきOL
「ペストの症状って、どんなのなんですか?」
small5
「リンパ節がテニスボールくらいの大きさくらいまでボコンと腫れ上がるんだ。さらに、高い熱が発生し倦怠感や激しい頭痛なども併発する。特徴的なのは、皮下出血した部分が黒ずんで見えるので、日本語では「黒死病」というあだ名がついている。早く治療しないと死に至るんだ。さらに、他には、このような症状が出ない敗血症性ペストと呼ばれる症状は、突然倒れて死亡する。」
名もなきOL
「突然死ぬって・・・恐ろしいですね。。」
small5
「あぁ、怖いんだぜ。これらの死体は黒ずんでいくから、それがまた更なる恐怖感を呼ぶんだ。また、肺ペストという症状がある。これは、ペスト菌が肺に入り込んだものなんだが、一番危険だ。肺ペストにかかった患者の咳や痰にはペスト菌が含まれており、人がこれを吸うと2日以内に肺ペストが発症し、そのまま死に至るんだ。現代でも、治療が間に合わなかったら手遅れなんだぜ。」
名もなきOL
「知らなかった。。ペストって、そんなに怖い伝染病なんですね。」
small5
「医学が発達した現代でも恐ろしい病気なんだ。当時は、人間に見えないほど小さい「細菌」の存在は知られていないから、ペストがなぜ発生するかもわからなかったんだ。人々は目に見えない恐怖に怯えたんだぜ。まさに、死神だな。
さて、話を戻そう。1664年、そんな恐ろしいペストがオランダではやり始めた、という話を聞いて人々は不安に感じるんだが、時間が経つとそれも忘れてしまう。ところが、しばらく時が経過してから、ロンドンの西部でもペストで死んだ人が出た、という知らせが、教会が出す各教区の死亡週報に出たところで、再び恐怖にかられるんだ。ところが、最初の死者が報告されてからは、ペストによる死者というのはしばらく報告されなくなるんだ。それで、安心したところ、今度はペストが発生した教区の死亡者数が、普段の水準よりどんどん大きくなっていく、という現象が起きる。」
名もなきOL
「それってもしかして、ペストで死んだのを隠蔽しているのでは・・?他の病気ということにして。」
small5
「筆者も、後になって「おそらくペストで死んだことは隠されたのだろう」と予測している。理由は、近所づきあいを避けられるといった風評被害を避けるため、だな。実際どうだったのかを調べることはできないが、おそらく隠されていたんだろうな、と俺も思う。年が明けて1665年6月になり、暑い時季になってくると、死亡週報が伝えるロンドン西部の死者が大幅に増加した。ある週は死者120人でそのうちペストの死者は68人となっていたが、その地区の平均的な死者数から考えると、実際のペストの死者は100人くらいだったのではないか、と死亡週報に隠された数値を考えている。これは、コロナに苦しむ現代にも共通するところだよな。」
名もなきOL
「そうですね。公式発表されているコロナ感染者の数よりも、実際の感染者は多いだろう、とは思いますよね。コロナに罹ったら大変な目にあう、って心配だから、検査しない人もいるでしょうし・・・現代に通じるものがありますね。」
small5
「そんな中、ペスト発生地域の住人のうち、ロンドン以外にあてがある裕福な人々やその使用人たちは、次々とロンドンを脱出していった。ロンドン西部で発生したペストは、だんだんと筆者が住む東部にも感染しはじめ、筆者も脱出すべきか否かでおおいに迷うんだ。筆者は独身だったが馬具屋を経営しており、使用人もいた。店じまいして、誰かに後の管理を任せる、という選択肢もあったんだが、その場合、留守の間に強盗やらなんやらのせいで店のすべてを失うかもしれない、というリスクがあった。店が心配だからといって、ロンドンに残留したら自分がペストに感染して死ぬかもしれない。ものすごく迷うんだ。」
名もなきOL
「それは迷いますよね。でも、あたしだったら逃げるかな。命あってなんぼ、ですよ。」
small5
「俺もそうするだろうな。だが、筆者は違った。ここで、『ロビンソン・クルーソー』と同じく、キリスト教の聖書が重要な役割を果たすんだ。筆者は、何度かロンドン脱出を試みたのだが、毎回なにかしらハプニングが起きて失敗してしまうんだ。筆者はそれを「ロンドンに残るべき、という神の啓示」かもしれない、と考えるんだ。キリスト教では、神は人間の運命を決めることができるからな。迷いに迷った筆者は、聖書を読んだ。たまたま目にした聖書の詩編第91編は「自分の家にいれば、あなたに疫病はやってこない」という内容だったので、それでロンドン残留を決意したんだ。」
名もなきOL
「聖書を読んで人生の選択肢を決めるって、日本人にはあまりない発想ですよね。」
small5
「そういう姿勢が、人は信仰によってのみ救われる、というルターの説を基にしたプロテスタントの理想的な姿なんだろうな。
さて、かくしてロンドン残留を決めた筆者が、見聞きした記録が始まるんだ。まず、感染初期に目立ったのは、占い師や偽預言者、偽医者だった。占い師や偽預言者は、これから神の天罰が下り、ペストが広がってロンドンは死の街になるだろう、と客の不安を煽った。中には、雲が剣を振りかざす天使となり、その刃がロンドンに向けられているとか、幽霊が教会の墓地に現れたとかいう話が、真実として広まったりした。偽医者らは、ペストにおびえる人々に効きもしない独自開発の予防薬や治療薬を売りつけたり、していたそうだ。」
名もなきOL
「いつの時代にも、そういう商売をして荒稼ぎする人はいるんですね。」
small5
「そうだな。これは、人間社会に古今東西見られる一般法則だと思うぜ。そして、実際にペストに罹る人が増え始めると、死亡週報の数字もうなぎ登りに増えていった。そこで、ロンドン市長らはいくつもの対策を講じるのだが、特徴的なのは「家屋封鎖」だった。」
名もなきOL
「「家屋封鎖」って・・もしかして、ペストに罹った人は、その家に閉じ込めちゃうっていうことですか?」
small5
「そのとおりだ。ペスト患者の家を物理的に封鎖して、感染拡大を防ごうとしたんだ。家屋封鎖された家は、入り口に赤いひも目印をつけられ、カギをかけられる。家の住人は、一切外出することはできない。家の外にいる監視人に、24時間体制で監視されるんだ。」
名もなきOL
「それってヒドくないですか?家族の1人でもペストに感染したら、その家の人たち全員に感染してしまうじゃないですか!たしかに、その家以外には広まらないかもしれないですが、かなり問題の多い対策だと思います。」
small5
「俺もそう思うぜ。実際、封鎖された家屋の住人のうち、まだ感染していない者たちは、あの手この手で脱出を図ったんだ。監視人に暴力をふるって、強攻突破した家もあるらしい。もちろん、ペストに感染した人は、家族に移さないために個室に籠りっきりになる、という対策をとる人もいたのだが、それは少数派だったようだな。
「家屋封鎖」は、物理的に隔離する、という意味では有効な方法だとは思うが、徹底できなかったので、ほとんど効果が無かっただろう、と筆者も記載している。しかしその一方で、ロンドン市長をはじめとした当局は、なんとかして感染拡大を防ぎ、困窮者にはできうる限りの支援を行ったことは、筆者も忘れてはならない功績としている。だが、ペストの勢いは少しも衰えなかった。死亡週報は、8月の第2週から10月の第1週の約2か月間で、約5万人がペストで命を落とした、と伝えていた。」
名もなきOL
「2か月で5万人病死って・・・悲惨すぎます。」
small5
「ここまで死者が増えると、死体の片づけや丁寧な埋葬も追いつかなくなってきた。毎晩、馬車の荷台いっぱいに死者を積んだ荷馬車が、教会と街を往復し遺体を運んだ。人がほとんどいなくなった通りがいくつも出てきた。本当に、ロンドンは死の街になった、という痛々しい様子が描写されている。筆者は、死亡週報の数字は実態を拾い切れていないのではないか、と考えているし、そうなっても仕方のないほどの惨状であった、と記している。」
名もなきOL
「今のコロナも怖いですけど、死をふりまくペストの方がはるかに怖いですね。」
small5
「現代では、ペストはペスト菌という細菌が引き起こす病だということがわかっている。だから、手遅れにならないうちに抗生物質を投与して治療すれば、治る病気なんだ。それでも、手遅れになったら死が待っているわけなので、怖いことに変わりはなないがな。
ちなみに、ペスト菌が発見されたのは1894年のことなんだ。この時代から約200年後だぜ。香港でペストが流行した時に、フランスのイェルサンという医師と日本の北里柴三郎が、それぞれ別に発見しているんだぜ。」
名もなきOL
「北里柴三郎って、ペスト菌を発見したんですね。やっぱり、凄い人だったんだですね。」
small5
「北里柴三郎の功績は、血清療法の発見など他にもあるんだが、その話はまた別の機会だな。
そんなわけで、当時のロンドンでは、ペストの原因は何なのかということも知られておらず、十分な知識が無い状態だったわけだ。目に見えない、原因不明の死病に対する恐怖感は、並大抵のものではなかったと思うぜ。」
名もなきOL
「その後、ペストはどうなったんですか?」
small5
「1665年の10月頃から、死者の数が減り始めたんだ。筆者の友人である医師の話によると、ピーク時はペスト患者は5人に1人も助からなかったが、この頃になると5人に2人は快復する、という状況になりはじめたそうだ。これを「病毒が弱くなってきた」と表現している。そして、それは死亡週報の数にも明確に表れ始めた。だんだん、死者の数が減り始めたんだ。ペストが沈静する方向に向かっていることがわかると、これまで悲嘆に暮れていたロンドン市民の顔に、笑顔が見え始めた。これまで、感染を恐れて会話を避けていた人々が、ペストから解放されたかのように会話を交わし、以前のような賑わいを見せるようになり、感染予防措置もとらなくなってきたんだ。」
名もなきOL
「よかった!それは嬉しいですよね。でも、感染予防をしなくなるのはまだ早いような・・」
small5
「実際、そうなった。人々が感染予防しなくなると、再び死者は増え始めた。そこで人々は気を引き締めなおす。だが、今回は違った。希望の光が見えてきたからな。そして1666年の2月頃、ペストはほぼ沈静化してこの本は終幕だ。死者は約10万人ほどだった、と述べられている。これは、当時のロンドンの人口が約50万人だったので、総人口の約2割がペストで亡くなるという大惨事だったわけだ。」
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