big5
「さて、今回注目する国はパキスタンです。日本語での正式な国名はパキスタン・イスラム共和国、英語では"Islamic Republic of Pakistan"です。ここでは「パキスタン」で統一しますね。
おそらく多くの日本人にとって、パキスタンは馴染みの薄い国だと思います。OLさんは、パキスタンといえば何を連想しますか?」
名もなきOL
「う〜〜ん・・・・インドの方にある発展途上国っていうイメージです。それ以外はあまり思い浮かばないな・・ごめんなさい。」
big5
「パキスタンについては、日本での知名度はあまりないのが現状だと思います。ですが、中央アジア、南アジア方面ではそれなりに規模の大きい国で、インドや中国といった大国と接しており、国家戦略としてはなかなか難しい立ち位置にある国です。
キスタンは人口約2億4000万人の大人口国家なのですが、その周囲にはインドに中国というパキスタンよりももっと大きな大国と領土を接しており、北西にはアフガニスタンも隣接しているという、国際的な立ち位置がかなり難しい位置にあることが重要です。
パキスタンは1947年にインドから分離独立して以来、3度にわたってインドと戦争になりました。この戦争は印パ戦争(Indo-Pakistani wars)と呼ばれています。現在は友好関係を築くための取り組みも行われていますが、解決すべき問題は多く難航しています。そのため、パキスタンにとって第一の仮想敵国はインド、となります。
もう一つの問題はカシミール帰属問題です。上の地図のオレンジ色の部分は、パキスタン、インド、中国の三か国が領有権を主張しており、まだ解決していません。そのため、パキスタンは敵対するインドに対抗するために中国とは友好を深めています。特に、中国からパキスタンのグワーダル港までの約3000kmを結ぶCPEC(中パ経済回廊)計画が有名です。中国の軍事力の脅威がアラビア海に及ぶと考えられているからです。
このような背景から、パキスタンでは軍の力が強く、20世紀後半は軍事クーデターが頻繁に発生しました。インドとの戦いの過程で、核兵器も保有しています。21世紀に入ってからは比較的安定していますが、地方では各部族の自治が認められている地域も多く、国家としてのまとまりに課題も多いです。経済面では輸出も輸入も中国依存度が高いです。しかし自動車に限っては、パキスタン国内を走る車のほとんどはトヨタ、ホンダ、スズキの車で、これら3社は「ビッグ3」と呼ばれているそうです(出典:MAMOR2022年10月号 山本英貴1等陸佐の記事)。日本との関係も比較的良好で、今後のパートナーシップを考えるうえでパキスタンは重要な相手になるといえます。
というわけで、21世紀のパキスタンの歴史を見ていきましょう。まずはいつもどおり、年表から見ていきましょう。」
黄色がパキスタン。領土問題が未解決のカシミール地方はオレンジ色
地図提供:白地図専門店 様
年月 | パキスタンのイベント | 世界のイベント |
2001年 | 軍政を敷いていたムシャラフが民政移管して大統領に就任 | 9月11日 アメリカ同時多発テロ事件 12月 タリバン政権が打倒され、アフガニスタンに新政権樹立される |
2002年 | 3月 ムシャラフ大統領 訪日 | |
2005年 | 4月 小泉首相がパキスタン訪問 10月8日 カシミール地方でマグニチュード7.8の大地震発生 |
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2007年 | 12月27日 前首相プット―が暗殺される | |
2008年 | 8月18日 ムシャラフ大統領が議会との対立により辞任 | |
2010年 | 7月 パキスタン洪水 8月20日〜10月10日 自衛隊が災害救助派遣される |
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2011年 | 5月2日 パキスタン北部でビン・ラディンが殺害される | |
2012年 | 10月9日 マララ・ユスフザイがタリバンに銃撃され重傷 | |
2013年 | 7月 マララ・ユスフザイが国連本会議で演説 | |
2018年 | 1月 アメリカのトランプ大統領がパキスタンへの軍事支援を停止。 8月 歯科医のアリフ・アルヴィが大統領に、クリケット選手のイムラン・カーンが首相に就任 |
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2019年 | 8月 インドのモディ首相がジャム=カシミール州の直轄化発表に対しカーン首相が領有権を主張して抗議 | |
2020年 | 新型コロナウィルスの世界的流行が始まる | |
2021年 | ロシアのラヴロフ外相がパキスタン訪問。経済関係強化を図る パキスタン海軍が多国間海軍演習AMANを実施 自衛隊も参加 |
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2022年 2月24日 |
プーチンがカーン首相と会談 | ロシアがウクライナに侵攻開始 |
2022年 | 4月10日 カーン首相が下院の不信任案決議により失職 シャバズ・シャリーフが首相就任へ 8月25日 パキスタン大洪水で国家緊急事態を宣言 国土の3分の1が水没 11月3日 カーン前首相がデモ行進中に銃撃されて負傷 |
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big5
「2001年9月11日にアメリカで発生した、アルカイダによる同時多発テロは、パキスタンの外交政策にも大きな影響を与えることになりました。」
名もなきOL
「あれ?パキスタンは同時多発テロ事件には関係していませんよね?」
big5
「関係はおそらく無かったでしょうが、パキスタンにとっては隣国のアフガニスタンの平和と安定は必要条件です。なぜかと言うと、パキスタンにとって一番の脅威であるインドがいるからです。大国であるインドに対抗するためには、周辺諸国とは友好関係を保つのが得策です。しかし、アフガニスタンを支配しているタリバン政権は、バーミヤンの石仏を爆破したりするなど、非道なふるまいが多く、世界から批判されています。パキスタンにとってはタリバンが支配するアフガニスタンは、歓迎できる存在ではありませんでした。一方、パキスタンはイスラム教国です。パキスタンのイスラム教徒の中には、キリスト教国に協力して同じイスラム教国を攻撃することに反対する勢力もありました。結果とし、時の大統領・ムシャラフ(2001年で58歳)はアメリカに協力すると決断しました。」
名もなきOL
「現代でも、キリスト教 vs イスラム教の構図はまだ残っているんですね。宗教って難しいですね。」
big5
「軍事クーデターで政権を握ったムシャラフ大統領は、当初は国民の支持を得ていましたが、この一件が原因になったのか、国民の支持を失い始めます。さらに2005年10月8日にカシミール地方でマグニチュード7.8という大地震が発生。死者は87,300人以上、負傷者は75,000人以上、家を失った人は推定で約400万人となっています。この時、パキスタン政府の統治力の弱さが浮き彫りとなり、被災者の救助や復興は遅々として進まなかった、という国内問題が表面化しました。
2007年12月27日には、アメリカに亡命していた前首相のブットー(2007年で54歳)が下院の選挙遊説中に何者かに自爆テロで暗殺される、という事件がありました。事件後、アルカイダ所属の人物が犯行に関与した、という声明を出しましたが、自爆テロの首謀者は今でも不明とされています。ただ、この事件もあって下院選挙では反ムシャラフ派が過半数を占め、2008年8月18日にムシャラフは辞任。ロンドンに亡命しました。」
名もなきOL
「パキスタン政府の統治力が弱い、というのは何か原因があるんですか?」
big5
「原因はいろいろありますが、パキスタンの特徴として、地方では部族制度が根強く残っており、そのような地方ではパキスタンの法律が適用されない、というところですね。パキスタン国内であっても、一部の地域ではパキスタンの法律ではなく、部族の習慣が優先される、という仕組みになっているので、パキスタン国内で統一した政策を執る、というのが難しい構造になっているのが一要因である、と考えています。
2010年7月にはモンスーンによる降雨量が異常に高くなり、インダス川が氾濫。国土の5分の1が被害を受けるという大水害も発生しました。死者は2,000人以上、100万軒以上の家屋が破壊されるという、史上稀に見る大災害となりました。この大水害に対し、パキスタン政府の支援要請に応えて日本の自衛隊も8月20日〜10月10日の約2カ月間、災害救助に派遣されました。」
big5
「2011年5月2日、9.11同時多発テロの首謀者とされていたアルカイダの指導者・ウサーマ・ビン・ラディン(Osama bin Laden)がパキスタン北部でアメリカ軍によって殺害されました。2001年から始まって約10年後に、一つの節目を迎えることになりました。しかし、これで紛争は終了とはなりませんでした。
2012年10月9日、パキスタンの女子中学生・マララ・ユスフザイ(Malala Yousafzai)がパキスタン・タリバン運動(TTP)メンバーに銃撃されて重傷を負う、という事件が発生しました。マララはブログでTPPによる女子高破壊行動を批判していました。これに怒ったTPPが報復に出た、というわけです。TTPは事件後に犯行声明を出し「女が教育を受けるのは許しがたい罪であり、死に値する。」と発表。これには世界各国が非難を出し、マララへの同情が集まりました。」
名もなきOL
「女性が教育を受けることが死に値する罪、だなんてありえません!こんな組織、言語道断で解散させるべきですよ!」
big5
「幸い、マララは一命を取りとめました。そして、その後も女子教育の重要性を説く活動を続け、2013年7月12日には国連本部で演説。銃撃ではマララの行動は止められない、と演説し世界から注目されました。そして2014年(この年、マララ17歳)にノーベル平和賞を受賞。史上最年少でのノーベル平和賞受賞者となりました。」
名もなきOL
「マララさん、凄いですよ。カッコよすぎます。憧れます。」
big5
「マララの件は、パキスタンの今後、特にパキスタン人女性にとって、明るい未来を想像させる大きな原動力になるでしょう。その一方で、パキスタン国内ではイスラム教の中でも偏狭な宗派が主流の部族はまだまだ多いようです。彼らの中には、タリバンと協力する者もいました。そのため、2018年1月、時のアメリカ大統領・トランプは「アフガニスタンの反政府武装勢力がパキスタンを拠点にしてアメリカ軍を攻撃している。パキスタンは本気でこの問題に対処するまで、軍事支援を停止する。」として、パキスタンへの軍事支援を停止。パキスタンとの関係が悪化します。さらには、アフガニスタンでタリバン政権が復活する一因にもなりました。」
big5
「2018年8月17日、選挙でパキスタン正義運動党首のイムラン・カーン(英語:Imran Khan この年66歳)が首相に選出されました。イムラン・カーンはパキスタンの人気スポーツであるクリケットの選手で、パキスタン代表メンバーの一人として20年以上プレイしており、人気がある人物だったようです。」
イムラン・カーン 撮影日:2019年9月23日 ニューヨークでトランプ大統領と会談時
名もなきOL
「さすが元スポーツ選手ですね。この時67歳という年齢を感じさせない姿ですね。」
big5
「そうですね。ダンディな印象です。しかし、カーンを大きな試練が襲います。2019年8月5日、インドのモディ首相がジャム=カシミール州の自治権を剥奪し、政府の直属州とする、と発表しました。ジャム=カシミール州は名前が示す通り、係争中のカシミール地方のうちインドが実効支配している地域です。自治権を剥奪してインド政府直属州とすることは、この地域がインド領であることを主張する、ということでした。これに対し、カーン首相はインドに抗議します。」
名もなきOL
「パキスタンとしては譲れないですよね。しかも、相手がインドならなおさらでしょう。」
big5
「カーンは国連にもインドの不法行為として支持を求めますが、あまり支持は得られず、インドのモディ首相も聞「内政干渉だ」と言って聞く耳を持たず、カーンの抗議は通じませんでした。
この問題が一因となったのか、パキスタン国内におけるカーンの支持は低下していき、2022年4月10日にパキスタン下院がカーンの不信任決議を採択。カーンは、パキスタン史上最初の「不信任決議で失職した首相」となりました。後任として、パキスタン・ムスリム連盟の総裁であり、資産家として知られるシャバズ・シャリフ(Shehbaz Sharif:この年71歳)が4月11日から首相に就任しました。」
big5
「それから約半年が過ぎた2022年11月3日、カーンがデモ行進中に銃撃されて負傷する、という事件が発生しました。パキスタン政府は、犯人とされる人物が「国を誤った方向に導いていたから殺したかった」と告白する映像を公開しました。しかし、カーン氏の側近は「パキスタン政府が銃撃事件に直接関与している」と非難しています。現時点で、事件の真相は明らかになっていませんが、これが更なる政治抗争に繋がるのではないかという懸念がありますね。このニュースの引用記事はこちらに記録しておきます。
パキスタンのカーン前首相、銃撃され脚を負傷 デモ行進中
」
名もなきOL
「どういう経緯があったにしろ、暗殺という方法は間違っていると思います。日本でも、安部元首相が選挙遊説中に銃撃されて殺される事件がありましたが、絶対に許されないことです。」
big5
「混迷が続くパキスタンですが、追い打ちをかけるように自然災害が襲います。それから約4か月後の2022年8月、モンスーンの影響で大洪水となり国土の3分の1が浸水するという、パキスタン史上おそらく最悪となる大水害が発生したんです。8月25日にはパキスタン政府が国家緊急事態を宣言しています。」
名もなきOL
「インターネットでも、パキスタン洪水に対する寄付を呼び掛ける広告が多いですね。一日も早く復旧してほしいです。」
big5
「ここまで現代のパキスタンを見てきました。アジア方面の今後の発展を考えるうえで、パキスタンはインドと同様に重要な役割を果てすことになるでしょう。パキスタンは決して孤立した国ではなく、国際的な付き合いは積極的です。その一例が、パキスタン海軍が2年に1回の頻度で実施している多国間海軍演習 AMAN(ウルドゥー語で「平和」の意味)です。MAMOR 2022年10月号のパキスタン駐在防衛官の山本1等陸佐の記事によると、2021年のAMANはアメリカ、イギリス、中国、ロシア、スリランカ、そして日本が艦艇を派遣。40か国以上がオブザーバーとして参加しました。これだけの数の艦艇が参加する訓練は、世界的に見ても珍しいそうです。
また、国連のPKOにも積極的に参加しており、ソマリア内戦の時にはパキスタン軍が活躍を見せています。
一方、国内はインフラが全体的に未整備となっており、2022年の大洪水がそれに拍車をかけています。現在のパキスタンの姿は、独立以来続いているインドとの戦いを優先せざるを得なかった国家戦略の結果なのではないか、と思います。
とはいえ、人口も多く国土も広いパキスタンには大きな可能性が広がっているでしょう。日本と直接的な利害関係も少ないので、良好なパートナーシップを築いていくことが重要だと私は思います。
と、言ったところで今回はここまで。
ここまでご清聴ありがとうございました。次回もお楽しみに!」
名もなきOL
「今日もありがとうございました。」
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