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18世紀欧州戦乱

文学篇 ロビンソン・クルーソー

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「本編で見たように、17世紀末から18世紀のヨーロッパは、戦乱続きだったんだぜ。その一方で、その頃のイギリスでは、現代まで残るベストセラーとなった小説が生まれたんだ。今回はそのうちの一つ、ロビンソン・クルーソーについて、歴史的な面から紹介していこうと思うぜ。」
名もなきOL
「ロビンソン・クルーソーって、たった一人で無人島で生活するっていう話ですよね?」
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「ああ、そのとおりだぜ。OLさんは読んだことあるか?」
名もなきOL
「読んだことは無いですね。。」
small5
「まぁ、そうだろうな。実際、文学作品ってのは、題名とか、どんな話なのか、っていう簡単な情報はけっこう有名でよく知られているんだが、実際にその本を読んだことがある、っていう人は少ないもんだぜ。なので、ここではロビンソン・クルーソーのあらすじを紹介してから、その魅力について語っていきたいと思うぜ。
そうそう、本を読んでいくと、距離やモノの量を示す単位がよく出てくるぜ。それぞれが、どれくらいの数量なのか、わからない時はここを見てくれよな。」


単位の話



岩波少年文庫 ロビンソン・クルーソー 訳:海保眞夫(1938-2003) 2004年3月16日 第1刷発行 岩波書店
small5のオススメ
中高生向けに、ある程度内容を圧縮した版。詳細な説明などが省かれてしまっているところもあるが、文庫本で333ページと、完訳版に比べると7割くらいに圧縮されているんだ。難しめの漢字は少なく、あってもフリガナ付きなので、中高生でも読みやすいと思うぜ。地図や注釈もわかりやすい。学生やあまり時間が取れない社会人にオススメできるぜ!
ただ、これはあくまで圧縮版だ。ロビンソン・クルーソーの魅力にもっと迫りたくなったら、完訳版を読むのがオススメだぜ。


あらすじ

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「主人公のロビンソン・クルーソーは1632年イギリスで生まれた。父はドイツ出身の商人で、母はイギリス人の名家・ロビンソン一族の人間だった。父がイギリスで商売を始めて成功し、裕福になって地元の名家の奥さんを迎えた、というところだ。ロビンソンは、父の跡を継いで地方の裕福な商人としての人生を歩むことができたし、両親もそれを望んでいたのだが、世界を見てみたい、という欲望を抑えきれず、父や母の反対を押し切って船乗りになったんだ。」
名もなきOL
「冒険心が旺盛な人なんですね。」
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「ああ、そしてそれが無人島に流れ着く根本的な原因になった。ロビンソンはうまい具合に商船に乗せてもらい、貿易でちょっとした財産を築く。途中でイスラム教徒の海賊に捕らえられて奴隷として過ごしたこともあったが、やがてブラジルで農園を経営して、けっこうな財産を築くことに成功した。
だが、その生活に満足できるような男ではなかったんだな、ロビンソンは。再び航海に出たい、と強烈に思うようになり、本当に航海に出た。そして、その航海で遭難してしまうんだ。」
名もなきOL
「それで、無人島に流れ着くんですね。」
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「そうだ。ロビンソンは一命をとりとめ、無人島に流れ着く。ただ、その無人島はヨーロッパ商船の航路から大きく外れているので、通りかかった船に助けてもらう、ということは到底期待できなかった。しかも、当時のカリブ海方面では、食人の習慣がある原始的な部族が住んでいたから、下手に動くとその部族に捕らえられて食べられるかもしれない、という状況だった。それでも、いつか助けが来ると信じて、ロビンソンはここでどうにか生き抜くために奮闘するんだ。」
名もなきOL
「でも、無人島でどうやって生活したんですか?」
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「生きていくためには、まず食べ物が必要だ。幸いなことに、ロビンソンが乗っていた船が、無人島から少し離れたところにプカプカ浮いていたんだ。そこで、ロビンソンは島と船を何度も往復して、島の生活に役立ちそうなものは、できる限り持って行った。その中に、銃と弾薬がけっこう豊富に含まれていたんだ。なので、銃を使って島の鳥やヤギを撃って、食料を調達していったんだ。やがて、島にぶどうやライムが自生していることを見つけるので、それらも食料としたし、ウミガメの卵なんかも食べた。そして、特に重要なのは麦と米の栽培だ。幸運なことに、ロビンソンが船から持ち出した袋に、麦や米などの穀物が入った袋があったんだが、ゴミだと思って捨てたところ、そこから見慣れた麦や米が育ってな。それを使って、農業も始めた。後半では、自分でパンも作るようになったんだぜ。」
名もなきOL
「へ〜、裸一貫からスタートしたんじゃないんですね。」
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「そうだぜ。運悪く船が難破して無人島に漂着してしまったが、幸運なこともあって、無人島生活を送れるための必要資材は入手できたんだ。そしてこの部分は後に出てくる、ロビンソン・クルーソーが描く重要ポイントの基礎になるんだ。」
名もなきOL
「無人島で、どれくらい生活していたんですか?」
small5
27年だ。」
名もなきOL
「えぇ!?そんなに長く!?」
small5
「とても長いよな。物語では1659年9月30日に漂着し、無人島から助け出されたのが1686年12月19日。だから、約27年だ。ロビンソンは1632年生まれだから、27歳の時に漂着し、島から出たのは54歳の時だ。」
名もなきOL
「すごい!!よく27年間もの長い間、一人で生活できましたね。」
small5
「まぁ、小説だからな。」
名もなきOL
「なーんだ、本当の話じゃないんですね。」
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「そうそう、そこも重要ポイントだ。ロビンソン・クルーソーは小説なんだ。実話じゃない。ちなみに、27年間完全に一人だったわけじゃない。犬やオウムを飼っていたので、本当に一人だったわけではなかった。そして、島から出る3年前に、食人部族に食べられそうになっていた、別の食人部族の青年・フライデイを助けて、そこからは2人の生活になった。なので、後半3年間は1人生活ではなかった。フライデイとの出会いは、後半でとても大事なポイントだ。」
名もなきOL
「そうなんですね。でも、24年間も私だったら、たった一人で生きていく自信ないです。。」
small5
「俺も無理だと思うぜ。でもまぁ、小説だからな。」
名もなきOL
「ロビンソンは、どうやって無人島から脱出したんですか?」
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「たまたま、近くを航行していたあるイギリス商船で、乗組員が船長に反乱を起こしてな、反乱乗組員が船長を捕らえて、ロビンソンが住んでいた無人島に置き去りにしようとしたんだ。」
名もなきOL
「うんうん、それで?」
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「ロビンソンは、フライデイと一緒に船長を助け出し、船長らと一緒になって船を取り返して、イギリスに帰国することに成功するんだぜ。」
名もなきOL
「へ〜、やっぱり冒険小説みたいなかんじなんですね。」
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「そうだな。帰国した後も、ブラジルで経営していた農園を、代理人から返還してもらって莫大な財産を受け取ったり、陸路でスペインからイギリスを目指して、紳士連中と旅をしながらオオカミの群れと戦ったりして、イギリスに帰るんだ。その後もロビンソンはやはり航海に出る。そして、自分が27年過ごした島も訪れるんだ。最後は、その後に起きた島での食人部族との戦いなど、まだまだ話のネタがあることを書いて、終わるんだ。これが、ロビンソン・クルーソーのあらすじだな。」
名もなきOL
「ロビンソン・クルーソーって、無人島で生活する話だ、って思ってたんですけど、どちらかというと無人島生活を中心にした、冒険小説みたいな内容なんですね。」
small5
「そう、そこが『ロビンソン・クルーソー』の重要なところなんだぜ。さて、あらすじを見たところで、『ロビンソン・クルーソー』の魅力について語っていくぜ。」



当時を知る歴史史料

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「ここは歴史のウェブサイトだからな、まずは歴史的な面から見ていくぜ。『ロビンソン・クルーソー』が刊行されたのは1719年4月のイギリスだ。本編でいうと、スペイン継承戦争が終わり、大北方戦争もカール12世が戦死して終結に向かっている時のことだ。題名は『ロビンソン・クルーソーの生涯と不思議な驚くべき冒険の数々(The life and strange surprizing adventures of Robinson Crusoe)』だった。刊行されるや、たちまち人気になり、1719年のうちに3回も再版されたそうだ。」

初版の扉ページ
パブリック・ドメイン, リンク ↑初版の扉ページ

名もなきOL
「作者は誰なんですか?」
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ダニエル・デフォー(Daniel Defoe)だ。1660年生まれなので、ロビンソン・クルーソーを刊行したのは59歳の時だな。当時は、作者の名前は書いておらず、物語はロビンソン・クルーソーが自分の人生を語る形式で進むので、当時は「ロビンソン・クルーソーという実在の人物の経験談」だと思っていた人も多かったようだぜ。だが、先に述べたように、これは小説なので、ロビンソン・クルーソーは架空の人物だ。
ロビンソン・クルーソーの人気はイギリスに留まらず、ヨーロッパ諸国に広がっていった。各国の言語で翻訳され、なんと江戸時代の日本でも『漂荒紀事』という題名で、オランダ語翻訳版からの日本語訳版が出ている。それに、フランスの思想家ルソーが、教育論を書いた著書『エミール』の中で、「子供に初めて読ませたい書物」として紹介しているぜ。」
名もなきOL
「人気も評価も高かったんですね。」
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「人気に気を良くしたのか、作者のデフォーは1719年8月に、アフリカ、インド、中国に行く二度目の冒険を書いた第二部を刊行。翌年の1720年にロビンソン・クルーソーがこれまでの冒険の感想を述べた第三部を刊行した。」
名もなきOL
「第二部、第三部も人気だったんですか?」
small5
「いや、残念ながら続編はあまり人気にならなかった。なので、『ロビンソン・クルーソー』と言えば、たいていは第一部のみの内容になっていることが多いな。
さて、『ロビンソン・クルーソー』は、当時人気を博した冒険小説だ。小説だから架空の話なんだが、『ロビンソン・クルーソー』の特徴の一つは、詳細な表現で読者に情景を思い描きやすいようにしている、というところだ。距離やロビンソンが入手したお金の金額、銃の数、弾薬の量、それから食料の量など、具体的な数値を使って表現しているんだ。情景描写や、ロビンソンの心情についても詳細も、わかりやすい言葉で書かれているので、読みやすいんだ。」
名もなきOL
「読みやすいことは、人気小説に必要な条件の一つですよね。」
small5
「そして、小説といえども、現実味のある内容が書かれている。つまり、小説の内容から当時の社会を知ることができるんだ。例えば、当時の商船ってどんな船だったと思う?」
名もなきOL
「うーん、たぶん帆船ですよね・・」
small5
「そう、帆船だ。そして、当時はまだまだ天候の影響は極めて大きかった。なので、船で出港したはいいものの、その後、風に恵まれないので、錨地(びょうち)という、比較的安全に停泊できるところで、狙っている風が吹くまで何日も停泊したりするんだ。つまり、当時の商船は、風待ちで止まることもしばしばあった、と考えることができるわけだ。なお、ロビンソンが最初に嵐にあって死にかけるのが、ヤーマスという錨地で風待ちしている時だった。」
名もなきOL
「なるほど、そういう読み解き方ができるんですね。」
small5
「「18世紀の商船⇒風待ちのために停泊することもある」という知識を持っていれば、他の歴史事件を考えたりする時に役立つわけだ。他にはこんなこともわかる。当時、商人がお金を預かってもらうときはどうしたと思う?」
名もなきOL
「今だったら当然銀行なんでしょうけど、当時は銀行なんてあったのかな・・・?」
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「答えは「知り合いや友人に預ける」だ。当時にイギリスでは、イングランド銀行は設立されていたが、一般の人が預金したりすることは、まだまだ普及していなかったようだ。そのため、ロビンソンは貿易で得たお金を、船長の奥さんに預かってもらっているんだ。終盤では、ロビンソンが再び航海に出る前に、財産を誰に管理してもらうか、つまり預け先になる人を考えて悩むシーンがあるんだが、この中に「銀行」は少しも出てこない。現代との大きな違いの一つだな。」
名もなきOL
「へ〜〜、今だったらあまりないですよね。トラブルの元になりそうです。」
small5
「当時も、こういうトラブルは多かったんだろうな。ちなみに、ロビンソンがお金や財産を預けた人は、みんな律儀に正直に管理しているぜ。
次に、奴隷について。実は、ロビンソンは無人島に漂着する前、航海の途中でムーア人と呼ばれる、今のモロッコに住んでいたイスラム教徒の海賊船に襲撃され、捕虜となって奴隷にされているんだ。」
名もなきOL
「奴隷って、海賊に捕まったから、ですか?」
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「そうだな。ヨーロッパの歴史では古代からそうだったんだが、戦いで捕らえられた捕虜は、身代金を払うことができれば釈放されるが、払えないと奴隷として売り飛ばされる、というのが常識だったんだ。当時、アフリカ北岸はイスラム教徒勢力圏で、彼らは海賊としてキリスト教国の商船を頻繁に襲っていた。彼らはバルバリア海賊と呼ばれ、ヨーロッパの貿易商人たちからたいへん恐れられていたんだ。このエピソードも、決して絵空事ではなく、実際にありうる現実味のある話だったんだ。おそらく、ロビンソン・クルーソーを読んだ当時の読者は「やっぱりイスラム教徒海賊って怖い!」って思ったりしたと思うぜ。」
名もなきOL
「現実味があるかどうか、って小説にはけっこう大事ですよね。あまりにも現実味がないストーリーだと、あんまり感情移入もできないし。」
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「ロビンソンはイスラム教徒の海賊に捕まったので、彼らの奴隷として2年間働かされているんだ。ただ、奴隷といっても、黒人奴隷のように非人道的な肉体労働に従事させられて、働けなくなったら殺される、というような扱いではなく、主人の召使いのようなかんじだな。ロビンソンは魚釣りが得意だったので、それで主人の信頼を得てから、チャンスをつかんで船で逃亡しているんだ。
そして、悪名高い「黒人奴隷貿易」についても、記述がある。ロビンソンがムーア人のところから逃亡した時、ギニアの方で黒人と遭遇した。幸い、その黒人は友好的で、ジェスチャーでコミュニケーションをとって食料を恵んでもらったり、物々交換をしている。その後、ブラジルで農園を経営している時に、他の農園主や商人に黒人と会った時の冒険談を伝えると、彼らは興味津々だった。ブラジルでは、労働力不足が慢性化しており、ヨーロッパ人経営者らは、なんとかして労働力を確保したい、と考えていたんだ。実際、ロビンソン自身も黒人奴隷を一人購入して、自分の農園で働かせていた。だが、当時の黒人奴隷貿易は、1517年に、スペイン王が上納金を支払った業者だけに、黒人奴隷貿易を認めるのが、正当な黒人奴隷貿易だった。当初は、年間4000人まで、と制限されていたので、供給量が需要に追い付かずたいへん高かった、と記述されている。そのため、黒人奴隷を密輸入しようと考える連中もいた、と書かれているんだ。」
名もなきOL
「ちょっと待ってください、それって人身売買じゃないですか!労働力不足だからって、黒人を奴隷として使う、っていうことですか?信じられない。。非人道的だわ。」
small5
「そのとおりだぜ。だが、当時のヨーロッパ人の感覚では、労働力不足を解決する手段のとして考えていたんだぜ。もともと、戦争捕虜を奴隷として売り飛ばすことが常識となっていたんだ。なので、「人手がほしい ⇒ 奴隷を買おう」というのは、その時代の植民地経営者にとっては普通の発想だったんだ。ロビンソンもその一人だ。実際、スペイン継承戦争の講和条約であるユトレヒト条約が1713年に締結されて、イギリスが獲得したものは、領土だけなじゃい。黒人奴隷貿易を行う正当な権利であるアシエントを獲得している。これで、イギリスは大手を振って黒人奴隷貿易を行い、アメリカ大陸の植民地などに黒人奴隷を輸出できるようになったわけだ。ロビンソン・クルーソーはユトレヒト条約締結から6年後に刊行されている。当時のイギリスは、黒人奴隷の実施国であったわけだ。」
名もなきOL
「そうだとしても、やっぱり私は非人道的で、あったらいけない行為だと思います。」
small5
「それには同意だぜ。ただ、なぜ奴隷貿易という悲しいことが、歴史上行われてきたのか、を知ることは歴史を学ぶことの重要な目的の一つなんだぜ。と、これに関連して、スペインによるアステカ帝国、インカ帝国征服の件も紹介しておこう。無人島に漂着した後、ロビンソンはその島にたまに食人部族がやってきて、彼らはそこで捕虜を食べて帰る、という習慣があることを発見する。ロビンソンは怒り、そして自分自身を守るために、食人部族を待ち伏せして襲撃しようとするんだ。ところが、待っても待っても食人部族はやって来ない。待っている間、ロビンソンは考えた。
「食人部族を待ち伏せして殺そうとしている自分と、食人部族は何が違うのか?と。食人事態は忌むべき行為ではあるが、彼らはそれを習慣として行っているだけだ。食人部族が「殺人者」であるならば、しばしば捕虜を皆殺しにするキリスト教徒の軍隊もみな「殺人者」である。それに、食人部族がロビンソンを殺そうとしているのではない。なのに、ロビンソンが彼らを殺そうとするのはスペイン人がアメリカ先住民を全滅させたのと同じである。今では、スペイン人自身が、そしてヨーロッパの誰もがこれを悪逆非道の行為とみなしているではないか。」
そう思ったのもあって、ロビンソンは食人部族を待ち伏せして殺そうとするのを中止したんだ。」
名もなきOL
「これってけっこう深い話ですね。待ち伏せは、自分自身を守りたい、という気持ちから来てるんでしょうけど、それと他の殺人の何が違うのか、というのは確かにそのとおりだと思います。」
small5
「一見、正当防衛のように感じるが、実際には食人部族はロビンソンの存在自体に気づいていない。これを不意打ちすることも、正当防衛になるのか?この疑問は、少し前に日本で議論された「集団的自衛権」にも通じるところがあるよな。
それと、歴史的に興味深いのは「今ではヨーロッパでは、これを悪逆非道の行為とみなしている」という部分だな。少なくとも、作者であるイギリス人のデフォーをはじめ、当時のイギリス人にはそのように認識されていることがうかがえるな。」



完訳ロビンソン・クルーソー 訳:増田義郎(1928-) 2007年6月25日 初版発行 中公文庫

small5のオススメ
こちらは完訳版のロビンソン・クルーソーだ。「完訳」の名の通り、省略は一切無しの版なので、ロビンソン・クルーソーの魅力をより深く味わいたいのなら、こちらがオススメだぜ。訳者の増田義郎氏による時代背景の解説も秀逸なので、そちらもたいへん勉強になるんだぜ。一つだけ難点を上げるのであれば、注釈が少なめなところだな。だが、このページであらすじを掴んでいれば、すんなり頭に入ってくるハズだ。
ちなみに、俺が読んだのは文庫版ではなく、ハードカバー版だぜ。まぁ、内容はそんなに変わっていないハズだ。

人間心理と宗教

small5
「『ロビンソン・クルーソー』が人気になった要因はいくつかあると思うが、俺が思う一番大きな要因は、人間心理の描写と、わかりやすい宗教観にあると思うぜ。これが読者の共感を呼び、人気になったんだと思う。」
名もなきOL
「どんな心理描写があるんですか?」
small5
「まず、冒頭部分。ロビンソンが両親の反対を押し切って、生まれ故郷を飛び出して最初の航海に出るところだ。友人の父が船長をしている船に乗ってロンドンまで行く、というのがロビンソンの最初の航海になった。この時、風が強くなって海が荒れた。荒れる海を見て、ロビンソンは死の恐怖を感じる。そして、両親の反対を押し切って飛び出したことを後悔するんだ。そして、誓いを立てる。「もし助かったなら、必ず家に帰って、両親と共に生活します。」と。ところが、天気が回復して海が穏やかになり、友人に勧められてお酒を飲むと元気が出てきた。そして、家に帰るという誓いを立てたことも、心の底にしまい込むことにしたんだ。OLさんは、似たような経験をしたことはないか?」
名もなきOL
「ありますね。学生の時、なんにも勉強しないで定期テストを受けたら、案の定点数悪くて、親にこっぴどく叱られました。叱られてる時は、本当に心を入れ替えて勉強しよう!と思ったんですけど、数日経ったら忘れちゃいましたね〜(^^;」
small5
「そういう経験って、誰しも持ってるものだとも思うぜ。こういう、読者の経験や感覚に沿った内容で話を組み立てていくことで、ストーリーに一本筋が入り、読者の共感を得ることができるんだぜ。これが、文学作品の特徴の一つであり、『ロビンソン・クルーソー』は、そういう近代的な文学のはしり、と評価されることも多いんだ。
さて、ロビンソンはその後、とんでもない大嵐に襲われ、乗っていた船は沈没してしまう。ロビンソンはじめ乗組員はボートで脱出して助かったが、最初の航海は嵐で船が沈没する、という結果に終わった。なんとか助かったロビンソンは、周囲から家に帰るように諭されるが、家に帰るのは嫌だった。」
名もなきOL
「どうしてですか?」
small5
「『羞恥心が邪魔をした』からだ。要約すると、こういうことだ。
若者はどういうわけか、バカなことは平気でする一方で、悔い改めたり、賢明な人と尊敬されるようなあるべき道に戻ることは恥ずかしいのである」と結んでいる。」
名もなきOL
「あぁ、それ、わかるかも。」
small5
「俺は大学生のころ、こんな気持ちだったのを覚えているぜ。そして、周囲もだいたいそんなかんじだったな。「バカをやれる奴がカッコイイ」とか「「バカ」ができない奴はつまらない奴」っていう考え方だ。こんなふうに、小説の中では現代人にも通じるような、人間心理の一般法則が散りばめられているんだ。それが読者の共感を呼び、人気を博した要因になったのではないか、と思うぜ。」
small5
「さて、無人島に漂着したロビンソンは、まずは食べるものと寝るところを確保するために懸命に働いた。」
名もなきOL
「着るものは足りてたんですか?」
small5
「足りてなかったが、無人島は熱帯の島だったのでなんとかなったんだ。
さて、食料と寝るところの確保に目途が立って、当面は生き抜けそうだ、と安心したところで、ロビンソンは自分自身を励ますために、苦しく辛いこととを書き出すと同時に、良いことも書き出してみた。
例えば、辛いこととして「孤島に放り出され、救助される見込みもない」という現状に対し、良い面として「船の仲間たちと異なり。自分は命を全うできた」とか、「人類から隔てられ、人間社会から追放されている」に対しては「そのような土地でも飢えることなく生きている」という具合にだ。どんなに惨めな状態でも、何かしら人を慰めうる部分があるんだ、と考えることで、生きる力を得ようとしたんだな。」
名もなきOL
「前向きなんですね。ポジティブシンキングですね。」
small5
「さて、次は宗教、特にキリスト教についてだ。まず、無人島に漂着する前のロビンソンは、キリスト教への信仰心は、かなり低かったと言っている。神への祈りとか、まったくしなかったそうだ。ところが無人島に漂着し、何とか生活していく中で、ある日彼は病気にかかってしまい、苦しむ中で悪夢を見る。夢の中で、とても恐ろしいものが「この期に及んでも悔い改めないのだから殺してやる!」と言って、槍を振りかざす、という夢だ。」
名もなきOL
「え・・・、その夢が、キリスト教とどういう繋がりがあるんですか?」
small5
「キリスト教における神は、全知全能でこの世界の創造主なんだ。そして、この世を支配している。つまり、この世のことはすべて神が定めたとおりに動いている、というわけだ。そうなると、ロビンソンが無人島で孤独な生活を行っているが、そうさせたのは誰だと思う?」
名もなきOL
「あ!神様、ということですね!」
small5
「そのとおり。すべては神の思し召し、なんだ。そうなると、当然のようにロビンソンはこう思う。「どうして俺が?俺が何をしたっていうんだ?」とな。」
名もなきOL
「この状況なら、そう思いたくもなりますよね。」
small5
「ロビンソンは、タバコの葉をかんだり、ラム酒に浸して飲んだり、炭で焼いて煙を吸ったりして、そして聖書を読み始めた。」
名もなきOL
「なんか、不思議なことをしていますね。「炭で焼いて煙を吸う」ってのは、タバコの吸い方ですけど、なんで葉を噛んだりしてるんですか?」
small5
「当時のタバコは、現代のような嗜好品ではなく、薬みたいなもんだった。、例えば鎮静剤のような効果を期待して使われていたんだ。ロビンソンは、ブラジル人がタバコを薬用として使っていることは知っていたが、どのようにして使うのかは知らなかったので、思いついた方法で試してみたんだ。そして、朦朧とした意識の中で聖書を読み、ある一節に目が留まる。その一節にはこう書かれていた。
『悩みの日にわたしを呼べ。わたしはあなたを助け、あなたはわたしをあがめるであろう』
特に『わたしはあなたを助け』という部分がロビンソンの心に残った。「神は本当に私を助けてくれるのか?」とな。そして同時に、これまで神がロビンソンを救ってくれたことに対して、ロビンソンは神に何も返していないことに気づいた。それはなんだと思う?」
名もなきOL
「え、なんだろう・・?お礼とか?捧げものがいるとか?」
small5
「神への祈りと感謝、だ。ロビンソンは、自分が神に救いを求めるばかりで、自分自身はこれまでまったく神に感謝することはなかったことに気が付いた。ここで、自分のこれまでの生活が、いかに罰当たりなものだったか、を実感するんだ。悪夢の中で「これほどのことがありながら、お前は悔い改めない」と言われただろ?まさに、自分は自分の義務(祈りと感謝)をまったくしないにも関わらず、神には救いを求める一方だった、ということを自覚したわけだ。そこまで気づいたロビンソンに、聖書のこの一節が留まる。
『悔い改めさせてこれに罪のゆるしを与えるために、このイエスを導き手として救い主として、ご自身の右に上げられたのである。』
これを読んで、ロビンソンは、聖書を放り出してこう叫ぶんだ。「イエスよ、私を悔い改めさせてください!!」」
それ以来、聖書を読むことがロビンソンの日課に加わった。さらには、この境遇から救われることよりも、これまでの自分の罪深い生活から救済されることの方を重要に考えるようになった。これが、ロビンソンが約24年という長期にわたって一人で生き抜いてこられた、精神面での拠り所になったわけだ。」
名もなきOL
「24年間も一人っきりで生き抜くって、寂しすぎますよね。私だったら、途中で自殺しちゃうかも。。」
small5
「そういう意味では、孤独なロビンソンの精神を支えたのはキリスト教だった。これまでの罪深い人生を悔い改めたい、という信仰心が彼を精神的に強くしたんだ、と思われる。
そして重要なのは、フライデイとの出会いだ。ロビンソンは、フライデイを救出した後、キリスト教を教えはじめる。神についての説明はフライデイもわりとすんなり受け入れたが、フライデイがなかなか理解できなかったのは「悪魔」についてだ。OLさんは、キリスト教における悪魔って、どんな存在か知ってるか?」
名もなきOL
「角があって、牙がはえてて、人間を襲う怖い存在、ですね。」
small5
「ちょっとゲームに出てくる悪役が混じってる気がするが、まぁ、だいたいそんなかんじだ。悪魔は神の計画を邪魔する邪悪な存在で、人間の感情に忍び込んで破滅の道を歩ませようとする存在だ。よく、欧米のアニメとかで、判断に迷った登場人物が、良いことを勧める天使と、悪いことを勧める悪魔で出てくるだろう?あんなかんじだな。
ロビンソンは悪魔についてフライデイに説明したが、彼はいまいち納得できない。何が納得できないのかというと
神は全知全能ですべてを支配しているのに、なぜ悪魔を殺さないで放置しているのか?
というところだ。すべては神の思し召しであるならば、悪魔が存在し、悪を働くことも神の思し召しなのか?ということだな。」
名もなきOL
「確かにそうですよね。」
small5
「これにはロビンソンも答えられなかった。実際、ロビンソンの神の説明と悪魔の説明は矛盾しているんだ。そこでロビンソンは、「間違いを犯した人間を、神はすぐに殺したりしない。悔い改める機会をくれているだろ?」と答えると、フライデイは「なるほど、神は人も悪魔も許すのですね。」と言って納得したんだ。」
名もなきOL
「なるほど。それなら、いちおう理屈は通るかな。」
small5
「しかしロビンソンは、そういう意味ではない、と納得できなかった。そして、神の存在については、わりと理解されやすいものの、イエス・キリストや聖霊について理解させるためには、神の啓示を受けるしかない、と考えて、宗教に関する話は幕を閉じるんだ。
聖霊に関するロビンソンの件は、いまひとつ説明が足りないようにも感じる。だが、当時の一般的なキリスト教徒のキリスト教に関する認識は、だいたいこのようなものではなかったのか、と俺は思うぜ。どのような宗教観を持っていたのか、について知ることができる貴重なエピソードだと思うぜ。
ちなみに、同じキリスト教でもローマ・カトリックにはかなり否定的だ。フライデイにキリスト教の基礎を教える中で、フライデイの部族が信じている土着宗教に話が出てくる。フライデイの部族ではベナマッキーという神がいて、ベナマッキーは高い山に住んでおり、年寄りだけがその山に登ってベナマッキーの声を聞くことができる、という話をフライデイはロビンソンにした。それを聞いて、ロビンソンはこう思ったんだ。
「聖職者への崇拝を絶やさないために秘密の宗教を作る、というやり方はローマ人(これは古代ローマではなく、教皇をトップとするローマ・カトリックのこと)だけでなく、獣的で野蛮な者たちの間にもみられるのだ」
とな。無人島を脱出した後も、ブラジルに残してきた農園は最終的に売却している。その理由は、カトリックの教義には同意できない、というのが理由だった。ブラジルは、カトリック国であるポルトガルの領土だったからな。」
名もなきOL
「冒険小説の中に、こんな奥深い話が入っているんですね。私も、ちょっと興味が出てきました。」



ロビンソン・クルーソー(上) 訳:平井正穂 1967年10月16日 第1刷発行 2012年12月11日 第58刷改版発行 岩波書店

small5のオススメ
1967年(昭和42)に第1刷が発行された完訳版のロビンソン・クルーソーだ。(上)はよく知られている第1部を完訳しており、(下)ではあまり知られていない第2部を完訳しているので、第1部と第2部の両方を読むことができる、貴重な日本語訳版だ。元々の発行が古いのだが、訳語は読みやすいので「古くて微妙にわかりづらい」ことを心配する必要は無いぜ。



ロビンソン・クルーソー ヒットの理由

small5
「さて、最後にロビンソン・クルーソーがなぜ当時のイギリスでヒットしたのか、もう一つの理由を考えてみよう。これは俺の私見だが、当時イギリスで広がっていた「大西洋三角貿易のさらなる拡大」の風潮に乗っかった作品だったから、だと思う。」
名もなきOL
「大西洋三角貿易っていうのは、18世紀のイギリスの経済発展を支えた三拠点の貿易のことよ。よく、こんな図で説明されるわね。」



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「まず、1713年のユトレヒト条約で、イギリスはアシエントを得た。これで、黒人奴隷をアメリカ大陸のスペイン植民地にも堂々と売りに行くことができるわけだ。当時、アメリカ大陸で広大な植民地を持っていたのはスペインだったので、これは大口の顧客になるわけだ。ただ、黒人奴隷を売るだけでは、大西洋三角貿易の一辺にしか相当しない。イギリスにさらなる利益をもたらすためには、アメリカ大陸から本国に持ち帰る綿花、タバコ、砂糖、コーヒーなどが必要だ。それも、スペインなどの外国植民地産ではなく、イギリス植民地産が一番望ましい。ただ、当時イギリス植民地はまだまだ少なく、特にカリブ海や赤道付近の熱帯方面には、イギリス植民地はほとんど無かった。では、どうすればいいと思う?」
名もなきOL
「その方面に、イギリス植民地を作ればいいですね。」
small5
「そのとおりだ。ロビンソン・クルーソーが漂着した島は、絶海の孤島ではなく、南アメリカ大陸を流れる大河・オリノコ川の河口付近に位置する島なんだ。現在のベネズエラとトリニダード・トバゴの近くだ。当時、この辺りはスペインもポルトガルも植民地を築いておらず、いわば空白地帯だ。ここのイギリスが植民地を築くことができれば、イギリスは南米大陸に大きな商圏を築くことができる。これは、作者のデフォーが狙って書いたとことだろう。そして、それはイギリスの貿易商人や植民地経営者にとって、わりと現実味のある話だったのではないか、と思う。そういう時代の風潮を、『ロビンソン・クルーソー』はうまく掴んだんじゃないか、というのが俺の推理だぜ。」
名もなきOL
「なるほど〜。小説の体をしながら、政治経済の宣伝本でもあった、という考えですね。」
small5
「そのとおりだ。もちろん、これまで述べてきたように、文学作品としての魅力もあるぜ。この両方を備えていたから、『ロビンソン・クルーソー』は時代を超えて読まれ続ける小説になった、と俺は思うぜ。

と、いうわけで18世紀のイギリス文学の代表作『ロビンソン・クルーソー』はオススメだ。ぜひぜひ読んでくれ!
それから、『ロビンソン・クルーソー』をもっと深く読みたい人向けに、「深読み篇」を作ったぜ!こちらもぜひ見てみてくれ!」

ロビンソン・クルーソー 深読み篇




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