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「今回は21世紀のエジプトの歴史を見ていきましょう。」
| 年月 | エジプトのイベント | その他のイベント | |
| 2011年 | 1月25日 1月25日革命 2月11日 ムバラク大統領辞任 |
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| 2012年 | 大統領選挙でムハンマド・ムルスィーが選出される | ||
| 2013年 | ムルスィーが軍の圧力で解任される | ||
| 2014年 | 大統領選挙 アブドゥルファッターフ・アッ=シーシーが選出される | ||
| 2015年 | 新スエズ運河開通 首都移転計画 開始 |
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| 2018年 | アッ=シーシーが大統領に再選 | ||
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「2010年12月にチュニジアで始まった反政府デモにより、アラビア諸国で民主化運動が活性化されアラブの春と呼ばれましたが、21世紀を迎えたエジプトもその影響を受けることになりました。エジプトの支配者は、およそ30年に渡って大統領として国を治めていたムバラク(1928〜2020年)でしたが、あまりの長期政権は腐敗も進む、民衆は改革を求めていました。
年が明けた2011年1月25日、カイロに20万人超もの民衆が集まり、大規模な反政府デモを始めました。ムバラク大統領最大の支持勢力であった軍も市民に味方したため、最高権力者のムバラクといえどもデモを抑えることはできませんでした。約2週間後の2月11日、ムバラク大統領はついに辞任を表明し、約30年に渡る長期政権に終止符が打たれることになりました。エジプトでは、この革命を1月25日革命と呼びます。」

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「2012年、大統領選挙が行われ、ムハンマド・ムルスィー(1951〜2019年)が選出されました。ムルスィーは自由とムスリム同胞団を母体とする公正党出身で、ムバラクのような元軍人ではありませんでした。そういう意味で、ムルスィーは期待されていたのですが、ムスリム同胞団を優先して重要ポストに充てる人事などが弊害を生むようになってしまい、2013年にクーデターが発生してムルスィー政権は倒れました。」
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「2014年、大統領選挙が行われ、元軍人で国防大臣を務めたこともあるアブッドゥルファッターフ・アッ=シーシー(Abdel Fattah Saeed Hussein Khalil El-Sisi 1954〜)が当選しました。彼の名前はたいへん長いので、ここでは「シーシー」と表記することにします。
シーシー政権は治安回復と経済安定に一定の成功をおさめたため、国民の支持を得て長期政権を築くことに成功しました。その一方で、ムスリム同胞団など政府と対立する集団は力で押さえつけているため、やや独裁的な性格も感じられます。2018年3月の大統領選挙でシーシーは再選され、2019年には大統領の任期を4年から6年に延ばす(その代わり、再選は2回までに制限)憲法改正を行い、合法的に政権を延命する措置も行いました。
経済面では、2015年、長い工事を行っていた新スエズ運河が完成しました。新スエズ運河とは、部分的に運河を2本並行させることで、地中海に向かう船と紅海に向かう船が同時に航行できるようにしたものです。これにより、スエズ運河通行のための待ち時間が11時間から3時間に短縮され、通航料収入は大きく増加しました。この影響もあり、エジプトの2022年実質GDPは4兆6360億エジプト・ポンドに増加しました。これは20年前の約2.3倍であり、アフリカ大陸54カ国の中ではトップクラス、ヨーロッパではオーストリアやデンマークよりも高い数値です。
政治面では、2015年に首都移転計画をスタートさせました。これは、現在の首都・カイロの急激な人口増加に対応するために、カイロの東約50kmの地点に新しい首都となる街の建設が始まっています。想定人口は650万人(カイロ首都圏はおよそ2000万人)で、393mのアイコニックタワーなどの高層建築物がシンボルとなっています。今後の工事進捗が気になるところです。」
といったところで、今回の話はここまで。続きは次章で扱うことにします。
ここまで読んでいただき、ありがとうございました。」
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