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「今回は21世紀第1四半世紀のドイツの歴史を見ていきましょう。東西ドイツが再統一され、EUの中核国となったドイツは、現代でも引き続きヨーロッパの主要国であり、国際政治での力も大変強いです。その一方で、中東の政治抗争と難民問題やロシアのウクライナ侵攻など、国際協調のトーンが下がり、各国で極右勢力が力を伸ばす中で、ドイツも変化の途上にあるのは同じです。
ドイツはどのような道を歩んでいくのか、その動きはたいへん重要です。」
| 年月 | ドイツのイベント | その他のイベント | |
| 2005年 | メルケルが初の女性首相に就任 16年にわたる長期政権始まる | ||
| 2009年 | 中道保守の自由民主党と連立政権 ギリシャ財政破綻問題で多額の財政支援を決定 | ||
| 2011年 | 東日本大震災の影響で、緑の党が躍進 原発廃止路線へ切り替え | 3月11日 東日本大震災 | |
| 2013年 | 選挙で自由民主党が大敗 社会民主党と連立政権 | ||
| 2015年 | メルケルが中東難民100万人の受け入れを表明 国内右翼団体は激しく反発 極右政党「ドイツのための選択肢」が台頭 |
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| 2018年 | メルケルが3年後の政界引退を発表 | ||
| 2021年 | 社会民主党のショルツが首相に就任 | ||
| 2022年 | 2月 ロシアがウクライナ侵攻開始 | ||
| 2024年 | 11月 ショルツ政権不信任案が決議される | ||
| 2025年 | 2月23日 連邦議会選挙 5月6日 キリスト教民主同盟のメルツが首相に就任 |
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「2005年、ドイツ史上初の女性首相となったメルケル(Angela Merkel 1954〜 この年51歳)が首相に就任しました。」

アンゲラ・メルケル Angela Merkel 2019年6月14日
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「メルケルは東ドイツ出身の物理学者、という珍しいキャリアの政治家です。東西ドイツ統一後の1990年、キリスト教民主同盟から出馬して当選。その後、政治家としての頭角を表し始め、第4次コール内閣で女性・青少年問題相に抜擢されました。1994年の第5次コール内閣では、環境・自然保護・原発保安担当相に就任しており、政治家としての道を着々と歩んで、ドイツ史上初となる女性首相となりました。
メルケルは高い支持率を基に政権を運営し、連立相手を変えながらも16年にわたる長期政権を担っています。なので、21世紀最初の四半世紀のドイツは、メルケル首相の時代、と言っても過言ではないでしょう。
メルケルは2008年にドイツ首相として初めてユダヤ人国家であるイスラエルを訪問し、イスラエル国会で初めて演説を行いました。この演説で、かつてのナチスドイツの行為に対して、ドイツ人としての反省と、ユダヤ人に対する謝罪を述べています。これは、第二次大戦から約60年を経て、初めてドイツの首長がユダヤ人に対して公の場で行う謝罪でした。これは、初の女性首相と共に、新しいドイツの幕開けの象徴となる出来事として記録されることでしょう。」
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「ただ、メルケル政権も世の中の動きに巻き込まれ、その影響を受けてきました。まず最初の試練となったのが2009年初頭に問題が発覚化したギリシャ財政破綻問題です。EUに加盟したギリシャが、公務員を優遇する政策を変えられず必要な財政規律を守らないで、財政破綻したという問題は、欧州のみならず日本や米国でも注目されました。そもそもEU加入の時から加入要件を満たしていなかった、ということも発覚して大問題となり、その対応について様々な意見が出たのですが、メルケルはEUとしての一体性を重視してギリシャに対する多額の財政支援を決定しました。この問題はたいへん難しく、どの対応も賛否両論あるものでしたが、ギリシャの放漫財政の尻拭いをドイツがしなければならない、という結果に憤るドイツ国民は一定数おり、支持率は低下しました。
2011年3月11日には日本で東日本大震災が発生。福島原発で事故が発生し、原発の難しさを改めて思い知らされたわけですが、この影響はドイツにも影響しました。震災による原発事故を受け、ドイツ国内でも原発反対意見が増えるようになりました。この流れで、自然保護を主張する緑の党が発言力を増し、ドイツは原発を廃止して太陽光発電や風力発電などのグリーンエネルギー政策へと大きく転換。ドイツは環境保護国として知られるようになりました。」
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「もう一つ、ドイツの政治力学を大きく変えるきっかけになったのが、2015年中東難民受け入れ問題です。シリアやパレスティナなど、中東諸国で続く民族紛争、宗教紛争などにより、ヨーロッパ全体の問題として難民が社会問題となりました。文化も言葉も全く違う中東方面の人々を多量に受け入れるのは、どの国も渋っていたのですが、メルケルは人道的な立場から難民100万人の受け入れを表明。フランスとは異なる、EU主要国としてのリーダーシップを発揮しました。ただ、この決断にはドイツ国内の右翼勢力は激しく反発。特に、極右政党と言われる「ドイツのための選択肢」は政府とメルケルを厳しく批判しました。実際、ドイツに入った難民が犯罪に走ったりするなどの事件も続出し、難民受け入れは間違いであった、という意見は一定数の支持を得ました。この結果、「ドイツのための選択肢」は既存政党から危険視されながらも、着実に政治的発言力を高めていくことになりました。
2017年の総選挙で、メルケル率いるキリスト教民主同盟は議席を減らし、2018年にはメルケルが3年後(つまり次の総選挙)に政界を引退することを表明。16年に渡るメルケル政権は幕を下ろすこととなりました。」
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「2021年、メルケル率いるキリスト教民主同盟は選挙で敗北し、代わって社会民主党(SPD)のショルツ(Scholz)が、緑の党、自由民主党(FPD)と3党連立政権を立てました。しかし、ショルツ政権は2022年2月にロシアのプーチンがウクライナに侵攻して戦争を始めたため、これへの対応に追われることになりました。ショルツはウクライナ支援を表明しただけでなく、官民あげての兵器供与などウクライナ支援を実施しました。また、ロシア軍の侵攻に備えてドイツ軍の強化も行い、国防費も増やして安全保障政策を強めました。軍事だけでなく、ロシアから当たり前のように購入していた天然ガスも従来のようには使えなくなったため、天然ガスに代わる新たなエネルギー源の調達やグリーンエネルギーの導入加速し、国民生活への手当てを行いました。しかし、エネルギー転換政策について、転換を進めるべきと主張する緑の党とロシアのウクライナ侵攻を考慮して延期すべき、と主張する自由民主党の意見が合わず、連立政権の舵取りにも苦労し、2024年11月に不信任案が決議され、ショルツ政権は倒れました。」
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「2025年2月23日、ドイツ連邦議会選挙が行われた結果、キリスト教民主同盟が630議席中208議席を獲得して第一党に復帰。しかし、第二党は時流に乗って力を受けた極右政党「ドイツのための選択肢」が152議席を取りました。前首相のショルツが率いる社会民主党は120議席となり第三党、緑の党は85議席で第四党となりました。第二党とはなったものの極端な政策を主張する「ドイツのための選択肢」は連立政権を組むことができず、キリスト教民主同盟(CDU)と社会民主党(SPD)が連立政権を組み、CDU党首のメルツ(Merz 1955〜 この年70歳)が首相に就任しました。」
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Sandro Halank, Wikimedia Commons, CC BY-SA 4.0, CC 表示-継承 4.0, リンクによる
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「ところが、メルツが首相に就任するにあたり、議会における首相選出選挙で、造反議員が続出したためにメルツは過半数を得ることができず、同日に行われた2回目の選挙で過半数を得て首相に選出されました。大戦後のドイツ議会において、最初の首相選挙で過半数が取れなかったのはメルツが初めてです。なぜかというと、メルツはこれまで閣僚を務めたことが無く、本当に首相として政権運営する力があるのか疑問視されたこと、移民対策法案を通すために「ドイツのための選択肢」から協力を得ようとしてメルケルやCDU議員から非難されるなど、CDU党首でありながら党内をまとめきれていない、という要素があったためです。
といったところで、今回の話はここまで。続きは次章で扱うことにします。
ここまで読んでいただき、ありがとうございました。」
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