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21世紀の世界

ポルトガル

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「今回は21世紀のポルトガルの歴史を見ていきましょう。ポルトガルは激動の19世紀、20世紀を経てヨーロッパの西端の小国となり、歴史の表舞台からは一歩引いた立場にありますが、ヨーロッパ連合を構成する一員として、またかつての植民地支配という負の遺産を抱える国の一つとして、21世紀でも重要な役割が期待されています。」

年月 ポルトガルのイベント その他のイベント
2001年 財政赤字が国内総生産の4.1%を記録
2002年 通貨エスクードからユーロに切り替え
3月 総選挙でバローゾの社会民主党が社会党を破り第一党に
右派の民衆党と連立内閣
2003年 イラクに共和国警備隊を派遣
2004年 6月 バローゾが欧州委員会委員長に任命されたため、議会解散
7月 ペドロ・サンタナ・ロペスが首相に就任
2005年 2月 総選挙で社会民主党敗北しジョゼ・ソクラテス率いる社会党が政権復帰
2006年 カヴァコ・シルヴァが大統領に就任
2007年 妊娠中絶法成立
2008年 リーマンショック
2010年 同性婚合法化
2011年 ジョゼ・ソクラテス辞任
6月21日 社会民主党のペドロ・パッソス・コエーリョが首相に就任
EUとIMFから780億ユーロの金融支援を受ける
2015年 11月26日 社会党のアントニオ・コスタが首相に就任
2024年 4月2日 社会民主党のルイス・モンテネグロが首相に就任
2025年 3月 政府の信任投票で不信任が成立
5月 総選挙 民主同盟が第一党となり、モンテネグロ首相再任

失速する経済と所得格差

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「EC加盟後、経済支援を得たポルトガルは毎年のように5%近い成長率を記録していましたが、21世紀に入ると経済の失速と貧富の格差が目立つようになりました。統計によると、1994〜1995年のポルトガル人の年間平均収入額に対して60%未満の収入しか得ていない人数は全体の18%いる、という結果になったそうです。つまり、成人国民の18%は平均年収の60%未満で生活している、ということですね。そして、最高所得層の収入は最下層の約6.6倍となっているそうです。なお、EU域内で最も格差が小さかったのはデンマークで、2.9倍とのことです。
これらの結果を受けて、時の首相・社会党のグテーレス(1949年〜)は所得格差を縮めるために最低所得保障制度を設け、職業訓練も充実させる政策を取っています。しかし、これらの社会福祉系政策には予算が必要です。さらに、景気も低迷していたので財政赤字が国内総生産の4.1%にまでなってしまいました。ユーロ圏の加盟条件は3%以内なので、基準値超えですね。
こうして、グテーレス政権は物価高騰と財政赤字拡大で国民の支持を失い、2002年3月の総選挙では、社会党はライバルの社会民主党に敗れました。首相に就任したのは、社会民主党の党首・バローゾ(1956年〜 この年46歳)が首相に就任しました。」

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アントニオ・グテーレス 撮影日:2023年3月23日 権利者:European Commission (Christophe Licoppe)

バローゾ&ペドロ・サンタナ・ロペスの社会民主党政権 2003年〜2005年

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「政権を取ったバローゾは、右派である人民党と連立政権を樹立しました。最優先課題は、グテーレス政権が支持を失った原因である経済問題です。」

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ジョゼ・マヌエル・バローゾ 撮影日:2013年3月13日 権利者:State Chancellery of Latvia
 

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「バローゾは外交面では親アメリカ路線を取っていたため、2003年のイラク戦争ではポルトガル世論に反してイラクに派兵しました。そのため、支持率は大きく低下し、2004年6月29日に辞任しました。理由としては、支持率の低下とEUでの活動参加を挙げています。実際、2004年の11月には欧州委員長にバローゾを指名し、2014年11月までの10年間務めています。なので、バローゾはポルトガル首相というよりは欧州委員会委員長として覚えられていることの方がおおいでしょうね。
バローゾの後任として、社会民主党党首となったペドロ・サンタナ・ロペス(1956年〜)が首相となり、バローゾの路線を継承しました。公務員の給料カットや財政立て直しのための緊縮財政に取り組んだものの、国民はデモやストライキで対抗して社会不安が増大し、2005年の総選挙で社会民主党は社会党に大敗しました。」

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ペドロ・サンタナ・ロペス 撮影日:2005年2月13日 権利者:Roberto Santorini


社会党政権の復帰 2005年〜2011年

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「2005年2月の総選挙で与党・社会民主党は大敗し、2003年選挙で敗れた社会党が勝利。社会党党首のジョゼ・ソクラテス(1957年〜)が首相となりました。
余談ですが、「ソクラテス」というと古代ギリシアの有名な哲学者ですが、彼の正式名称は「ジョゼ・ソクラテス・カルヴァーリョ・ピント・デ・ソウザ」(Jose Socrates Carvalho Pinto de Sousa)で、ジョゼ・ソクラテスが彼自身の名前で、カルヴァーリョは母方の姓、ピント・デ・ソウザは父方の姓です。このようにポルトガル人の名前の標準的な構成は「自分の名前+父からの姓+母方の姓」となっています。日本とは一味違いますね。」

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ジョゼ・ソクラテス 撮影日:2006年8月9日 権利者:
Antonio Cruz/ABr

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「ジョゼ・ソクラテス政権は財政健全化を目標に公共投資などを行って一定の成果を挙げましたが、2008年のリーマンショックの影響を受けて一気に不況に。緊縮財政を余儀なくされました。
一方、社会政策面では2007年の妊娠中絶法2010年の同性婚合法化が特徴です。これまで見てきたとおり、ポルトガルは歴史的にカトリックの影響を強く長く受けていました。そのため、妊娠中絶や同性婚など、カトリックの教義では到底受け入れられない話なのですが、合法化されました。カーネーション革命でやや社会主義に寄った結果なのでしょう。
2011年、政権が作成した財政再建計画が議会に否決されたことがきっかけとなり、ジョゼ・ソクラテスは辞任しました。な余談ですが、ジョゼ・ソクラテスは2014年11月に汚職・脱税・資金洗浄の容疑で逮捕されました。裁判所は、汚職については訴えを棄却しましたが、脱税と資金洗浄についてはまだ審理が続いているそうです。」


社会民主党 ペドロ・パッソス・コエーリョ政権 2011〜2015年

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「社会党のジョゼ・ソクラテスを辞任に追い込んで、再び社会民主党が政権を取りました。首相はペドロ・パッソス・コエーリョ(1964年〜 この年47歳)です。」

Pedro Passos Coelho in 2012.
ペドロ・パッソス・コエーリョ 撮影日:2012年10月18日 Author:European People's Party - EPP

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「政権を取ったとはいえ、2011年時点でポルトガルは本格的な債務危機に陥っていました。コエーリョ政権はEUとIMFから780億ユーロの金融支援を受けることにしました。ただし、もちろんタダで貸してくれるわけがありません。ポルトガルは公共支出の本格的な削減、増税、社会保障改革の断行を約束させられました。
一方、社会政策としては雇用契約を柔軟化させて解雇規制を緩めました。この狙いは企業の競争力強化なのですが、これによって失業者が増えてしまう、という問題もありました。そのためコエーリョ政権も支持を失い、総選挙で社会党に敗れて辞任に追い込まれました。」

社会党 アントニオ・コスタ政権 2015〜2024年

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「さて、再び社会党が政権に復帰しました。首相に就任したのは、社会党党首のアントニオ・コスタ(1961年〜 2015年で54歳)です。」

Antonio Costa Portrait 2024 (cropped)
アントニオ・コスタ 撮影日:2024年10月7日 Author:Frederic Sierakowski - European Council

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「コスタ政権の政策テーマの一つは「反緊縮(Anti-austerity)」です。コエーリョ政権で断行された緊縮財政を緩めながらも、EUが定めた財政規律を守る、という政策を取りました。具体的には、最低賃金の段階的引き上げや低所得年金受給者に対して年金を増額するなどして、低所得層の生活を支えつつ、問題であった公務員給与も徐々に元に戻すことにしました。もちろん、これらの政策は財政赤字を増やす方向に動くわけですが、財政赤字はEU基準内に抑えています。この結果、経済成長と税収増でバランスが取れ、財政問題は解決に向かいました。この手腕は現代国家財政の一つの成功例とされ「ポルトガル・モデル」と呼ばれることもあります。
社会政策としては、医療・教育投資の増加、子育て支援の拡充、家賃高騰対策として住宅供給や規制見直しを行っています。また、ヨーロッパらしくエネルギーと環境問題にも取り組んでいます。EUの目標に沿った脱炭素化ロードマップを策定し、再生可能エネルギー比率を大幅に伸ばしています。また、首相就任前にリスボン市長を8年間(2007年〜2015年)務めた経験を活用し、都市の再開発や公共交通の改善、観光政策強化も行われました。
アントニオ・コスタは「合意形成の名手」と評価され、首相退任後は欧州理事会の議長(2024年〜)に選出されています。」

社会民主党 ルイス・モンテネグロ政権 2024年〜

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「2024年総選挙で社会民主党は人民党と「民主同盟」連合を結成し、ライバルの社会党を2議席だけ上回る79議席を獲得し、僅差で第一党となりました。この結果、社会民主党党首のルイス・モンテネグロ(1973年〜 2024年で51歳)が首相に就任しました。」

Luis Montenegro at EPP Summit, 21 March, Brussels
ルイス・モンテネグロ 撮影日:2024年3月21日 Author:European People's Party

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「しかし、モンテネグロ政権はすぐに危機に立たされます。事のきっかけは、ルイス・モンテネグロの家族が経営する法律事務所が、政府の政策決定と利害が衝突する可能性(利益相反)の可能性がある、と指摘されたことでした。そのため、ライバルの社会党や極右政党のシェガ(Chega) は、ルイス・モンテネグロの首相としての適格性に疑義を投げかけ、2025年3月に「政府の信任投票」が行われました。結果は、不信任が142票、信任が88票(棄権はなし)となり、内閣不信任が成立。2025年5月に総選挙が行われました。しかし、この結果「民主同盟」は議席を伸ばして91席となり、極右政党シェガは60議席を取って第二党に躍進。これまで二大政党の一角であった社会党は58議席で第三党という結果になりました。ルイス・モンテネグロは再び首相となっています。」


といったところで、今回の話はここまで。続きは次章で扱うことにします。
ここまで読んでいただき、ありがとうございました。」



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参考文献・Web site
・図説ポルトガルの歴史 著:金七紀男 発行:河出書房新社 2011年5月20日初版印刷
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