Last update:2022,Apr,16

18世紀欧州戦乱 文学篇

ガリヴァ旅行記

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「「18世紀欧州戦乱」の文学篇へようこそだぜ!ここでは、童話でも有名な『ガリバー旅行記』について紹介していくぜ!」
名もなきOL
「小人の国に行く冒険のお話ですよね。たぶん、ほとんどの日本人が知ってる話ですよね。」
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「そうだろうな。歴史上の数ある文学作品の中でも、童話にされたことでおそらく知名度はナンバー1なんじゃないか、と思うぜ。ただ、元々のガリバー旅行記は、童話ではなかった。歴史上では「風刺文学」に分類されており、著者のジョナサン・スウィフトは当時の代表的な風刺作家なんだ。『ガリヴァ旅行記』も大人向けの小説で、当時のイギリス社会が抱えていた問題を風刺しながら描いた作品だ。
ちなみに、『ロビンソン・クルーソー』の著者であるデフォーの7歳下でほぼ同時代の人物だ。
ここでは、ガリバー旅行記の概要とその特徴について見ていくぜ。」


初版 (1726年)
ガリバー旅行記 初版(1726年)の表紙 パブリック・ドメイン, リンク

あらすじ 第一編

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「まず、今回のテーマである「ガリバー旅行記」の表記だが、ここからは中野好男氏が翻訳した『ガリヴァ旅行記』に統一しているぜ。訳語によっては「ガリヴァー」とか「ガリバー」とか書かれるが、どれも原語の「Gulliver」をどうカタカナにするか、という問題だ。ここでは「ガリヴァ」に統一するぜ。
『ガリヴァ旅行記』は四編で構成されている。第一編が、童話にもなっている小人の国「リリパット」に行く話だ。第二篇は巨人の国「ブロブディンナグ」に行く話だ。これは、小人の国とは逆で、ガリヴァが小人扱いされる国での冒険だ。第三編は、「空に浮かぶ島ラピュタ」に行く話。ちなみに、日本も少しだけ出てくるぞ。そして第四編は「高貴で知的な馬の国フウイヌム」に行く話だ。」
名もなきOL
「3番目に出てきた「ラピュタ」って、もしかして宮崎駿さんの『天空の城ラピュタ』のことですか?」
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『天空の城ラピュタ』のきっかけになった話だな。空に浮かぶ島をラピュタと呼ぶことは同じだ。宮崎駿氏は、その設定を使ったんじゃないか、と思うぜ。ただ、話の内容はまったく違う。ガリヴァ旅行記のラピュタは、飛行石というもので飛ぶのではなく磁石で浮いている、という設定だし、巨人兵みたいな科学兵器とかも出てこない。『天空の城ラピュタ』とはだいぶ異なるぜ。」
名もなきOL
「でも、この時代で「空飛ぶ島」を考えついて作品にした人がいるんですね。凄いな。」
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「それでは『ガリヴァ旅行記』のあらすじからを見ていこう。
まず、第一編は小人の国・リリパットの話だ。童話になっている部分だな。ガリヴァが乗った船が遭難し、気づいたら小人の国の兵に捕らえられていた、というところから話が始まる。ガリヴァは、手振り身振りでのコミュニケーションから始めて、小人の国の言葉を学んでいくんだ。ちなみに、その後訪れる3つの国でも、それぞれガリヴァはをその国言葉を覚えてコミュニケーションを取っている。言語習得の名人だな。
言葉を覚えたガリヴァは、小人の国の大臣らと仲良くなって、小人の国の政治の話をする。ここの部分が、当時のイギリス政治を批判して描いている「風刺作品」と言われる所以だ。ただ、当時のイギリス政治を本当によく知らないと、何を風刺しているのかは全然わからない。俺も注釈を見ないとわからないし、注釈を見ても、正直わからない。だから、現代人が読んでも何を風刺しているのかはわからないんだが、それでもわかることがある。
政治で争われていることの多くは、他人から見ればくだらない些細な事。」ということだ。当時のヨーロッパ政界の常識を、そのように批判的に描いているのが特徴だ。例えば、綱渡りの曲芸が上手な者が国王に気に入られて、国家の要職に就いたりとか、靴のかかとは高い方がいいか、低い方がいいか、という違いで2つの政党に分かれ、お互いにけなしあっている、とかだな。特に靴のかかとの違いによる政党抗争は、当時のイギリスのトーリー党とホイッグ党のことを指している、と考えられているぜ。これらの争いごとは、リリパット国の住人にとっては一大事なんだろうが、外国人であるガリヴァから見れば、実に取るに足らない下らないことだ。」
名もなきOL
「日本でも、どうでもいいような些細なことで、政治家が争っているのを見ると、通じるところはありますね。でも、現代の政治家が熱心に取り組んでいるのは、権力闘争とかお金の問題、あとは次の選挙の問題なんじゃないかな、と思います。そこは、『ガリヴァ旅行記』のリリパット国とは違うんじゃないかな。」
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「そんな話を聞きながら、ガリヴァは「このような小さな人間たちにも、我々と同じようにモノを考え、争ったりするものなのだな。」と感心する。これは、上からの目線での他者の理解だ。ガリヴァのような民間の一市民であっても、リリパット国に来れば巨大な力を持つ恐るべき人物、となるわけだ。この構図が、当時のイギリス社会でたいした力もないのに、運よく時流に乗って出世した人物が偉そうにのさばっている状況を風刺している、と考えられているんだぜ。」
名もなきOL
「私の会社でも「なんであの人が?」と思われるような人が出世したりしますからね。わかります。」
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「こんなかんじでガリヴァはリリパット国で活躍するのだが、とある事件から政治闘争に巻き込まれて退去せざるを得ない状況になり、ボートを作ってイギリスへ帰る。これが第一編の概要だ。」

あらすじ 第二編

名もなきOL
「第二篇はどんな話なんですか?」
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「イギリスに帰ったガリヴァは再び船で稼ぎに出かけるのだが、またしても遭難してしまって、今度は巨人の国・ブロブディンナグについてしまう。第一編とはまったく逆で、今度はガリヴァが小人で周囲が巨人、という状況だな。自分の存在に気づいてもらえず、危うく農作業中の巨人に殺されるところだったが、なんとか見つけてもらって命拾いした。ガリヴァは農家の主人の家に連れて帰られ、その家の娘にたいそう気に入られる。ここでもガリヴァは持ち前の言語習得能力を活用して、巨人たちの言葉を覚えていき、たいそう驚かれることになった。やがて、ガリヴァの存在が周囲の人々の歓心を引くようになると、農家の主人はガリヴァを見世物として設けることを考える。街をめぐり首都に着くと、宮廷からガリヴァを買い取りたい、という話が来たので、農家の主人はガリヴァを売り渡した。ガリヴァを気に入っていた農家の娘は、ガリヴァのお世話係として宮廷に仕えることになった。こうして、巨人の宮廷で小人として養われることになったわけだ。」
名もなきOL
「本当に、第一編とは逆の話ですね。今度は、ガリヴァが保護される立場なんですね。」
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「最初に小人の国に行き、自分が見下ろす立場で描き、次にその逆の立場、という構成は見事だな。小人のガリヴァにとって、巨人の国は危険がいっぱいだ。巨人にとっては、桶に入っているただの水も、ガリヴァにとっては溺死する可能性がある大きな池だ。さらに、虫も巨人に比例して大きくなっているので、ハエや蜂やらが脅威の動物になるわけだ。実際、ガリヴァの周囲を5,6匹のハエが飛び回っていると、巨人にとっては小さなハエでしかないが、ガリヴァにとっては自分と同じくらいのサイズのハエが周りを飛び回るのだから、恐ろしくてしょうがない。ハエを恐れるガリヴァを見て、巨人の王妃が笑いながら「ハエを恐れるなんて、お前の国の人間は皆臆病者なのか。」と言うんだ。」
名もなきOL
「あ、なるほど。私たちがハエを恐れないのは、自分たちよりも小さくて取るに足らない存在だから、ですね。でも、ガリヴァにとっては「小さなハエ」ではなく「巨大なハエ」であり、恐ろしい存在ですもんね。」
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「そのとおりだ。人は自分の立場でモノを考える、というのは古今東西共通の原理だと思うぜ。現代でも、大人にとってはごく普通の階段が、幼児にとっては上り下りが難しい困難な障害であり、子供には身近にあるものが、大人にとっては「よくそんな細かいところまで見てるな」と驚くようなこともある。大人目線と子供目線の違い、ということだな。
さて、宮廷で養われているガリヴァは、国王ともたびたび謁見した。巨人の国王は思慮深く聡明な人物で、ガリヴァに自国イギリスの政治や習慣について質問をし、それにガリヴァは答えていく、という話が始まる。第二篇の山場だな。ガリヴァはイギリスの政治や国家の仕組み、最近の歴史について、素晴らしい部分を伝えた。例えば、国王は優れた人格で人々の尊敬を集め国を統治し、貴族は先祖たちの栄光を胸に刻んで、自らも日々、国家に貢献しようと世励むことで民衆の尊敬を集め、聖職者は深い学識と寛容さで人々に支持され・・・という具合にだ。」
名もなきOL
「お国自慢ですね。でも、それって、だいぶ美化して語ってるんじゃ・・・」
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「そう、そのとおり。ガリヴァも、小人扱いされる巨人に対して、自分の祖国を賞賛することで、自分自身を誇ろうとしたわけだ。実態よりもだいぶ美化して、だな。しかし、このようなガリヴァの美化は、国王からの質問や分析でたちまちボロが出てしまう。例えば、青年貴族は高潔さを保つためにどのようなことをしているのか、貴族のたしなみの一つに賭け事を挙げているが、これは何歳くらいから始めて何歳くらいにやめるのか、貴族が死に絶えてしまった場合、どのようにして貴族を補充するのか、新たな貴族はどのような基準で選ばれるのか、おべっか使いや賄賂で貴族の地位が買われることが無いのか、などなど、当時のイギリス社会の問題点をあっさりと見破られてしまった。このような話を作った筆者・スウィフトの狙いはどこにあると思う?」
名もなきOL
「それはたぶん、スウィフトが理想とする国家のあるべき姿と、現実の姿のギャップを具体的にしたかったんでしょうね。」
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「同感だ。俺もそう思う。ガリヴァと巨人の国王の対話、という形にして、当時のイギリスが理想的な姿からいかにかけ離れた状態になっているか、を表現したかったんだろうな、と思うぜ。
さて、この後、ガリヴァは鳥に運ばれて元の世界に戻り、なんとかイギリスまで帰った、ということで第二篇が終わる。」

あらすじ 第三編

名もなきOL
「第三篇はどんな話なんですか?」
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「巨人の国で散々危険な目にあったくせに、ガリヴァは再び航海に出た。そして、今度は東南アジア方面に船を向けるのだが、海賊に襲われてしまい、ボート一つに乗せられて漂流することになってしまった。運よく、どこかの島に着いたガリヴァを待っていたのが、空に浮かぶ島・ラピュタだ。」
名もなきOL
「ここでラピュタが登場なんですね。」
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「ガリヴァはラピュタの人々に発見され、ラピュタに上げてもらう。そこで、空飛ぶ島を見て回るんだが、ラピュタの人々、ここではラピュタ人と呼ぼう、ラピュタ人は実に不思議な人々だった。彼らは常に首をかしげており、そしていつも上の空だった。常に、何か考え事をしているんだな。思索に入ってしまうと、周囲のことはまったく目に入らなくなってしまい、思索が終わるまで次のことはできないんだ。そのため、裕福なラピュタ人は常に奴隷を1人連れている。その奴隷は常に袋をぶら下げた棒を持っていて、ラピュタ人が思索に入ってしまうと問題になる時は、その袋で主人を頭なんかをポンポン、としてやる。すると、ラピュタ人は我に返って、やっていたことの続きをする、というかんじだ。」
名もなきOL
「変な人たち。ラピュタに住んでるっていうから、もっと高度文明の世界で生活している人を連想したのに。。」
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「ガリヴァは、これまでと同様にラピュタ人の言葉を覚えて、異文化コミュニケーションをするのだが、ラピュタ人との会話はあまり弾まなかった。人と話をするよりも、自分の世界で思索にふけることを好む人たちだからな。それでも、ラピュタがなぜ浮いているのか、どのように移動するのかの仕組みを聞いる。ガリヴァが聞いたところによると、ラピュタはラピュタと下の島にある磁石の力で浮いているそうだ。そのため、ラピュタが浮いていられるのは下の島の上空だけ、ということになる。浮いたまま、他の所へは行けないわけだな。移動するのも、磁石を動かして斜め移動を繰り返して目的地に行く、ということらしい。なかなか面白い考えだが、姿勢制御に関する説明はなかったな。もし、島の重心バランスがズレて傾いたりした場合、どのように姿勢を保つのかは謎だ。まぁ、そんなことを突っ込んでも意味はないんだが。。」
名もなきOL
「ラピュタの下の島には人が住んでいるんですか?」
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「ああ、住んでいるぜ。ラピュタの支配下になっている。ガリヴァは、下の島も訪れるのだが、下の島はすっかり荒廃してしまっていた。荒廃した理由は、空にラピュタが浮いているからではなく、ラピュタ島で妙ちくりんな学問を学んできた研究者らが、実現しそうにない無意味で非効率な「改革案」を強行したから、という話だ。」
名もなきOL
「なんだか、その辺りは奇想天外すぎてよくわからないです。。」
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「そうだな。話が奇をてらい過ぎている感がするぜ。ガリヴァも、一通り見た後にこの島を離れた。その後、死者を1日だけ召喚できる魔術師の国に行った。そこで、カエサルやアレクサンドロスなどのローマの英雄を召喚してもらい、歴史的な謎について質問して答えをもらって喜んでいる。ただ、そこで描かれているのは、謎に包まれた歴史の真相ではなく、昔の高潔な偉人達と、退廃的な現代人の違いだった。ガリヴァに言わせると、かつては偉大だった人類は、時の流れと共に矮小化していっているそうだ。これは、イギリス社会に対する風刺というよりは、人類に希望を見いだせない世捨て人的な発想だな。この辺りから、作者であるスウィフトの「人間嫌い」が、作品ににじみ出てくるようになるぜ。」
名もなきOL
「スウィフトさんって、人間嫌いなんですか。なにか、たいへんな事件でもあったんでしょうか?」
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「それについては、後で紹介しよう。さて、第三編の続きだが、その後ガリヴァはなんと日本を訪れる。日本の話なので、この辺りはどのように書かれているのか説明しておこう。
1709年、ガリヴァは日本のザモスキという港町に上陸した。」
名もなきOL
「ザモスキという港町・・どこのことかしら?」
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「ザモスキは日本の東南部。狭い海峡が長い腕のように伸びている部分の西端にあるとのことだ。そして、腕の北西部に首都であるエドがある。」
名もなきOL
「エドは「江戸」ですね。1709年なら、江戸時代真っただ中ですね。となると、狭い海峡っていうのは東京湾のことかしら?そんなに狭いとは思わないけど・・。東京湾の西の端、ということは横須賀あたりでしょうかね。」
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「そうだろうな。ガリヴァは江戸で皇帝と謁見し、自分はオランダ人だが遭難してしまってここまで来た。ついては、日本に来ているオランダ船に乗せてやってほしい。故郷に帰りたい、と頼んだ。ガリヴァの願いは受け入れられて、ナンガサクまで送ってもらうことになった。ナンガサクというのは、おそらく長崎のことだろうな。」
名もなきOL
「そうですね。出島貿易ですね。意外と、正確に描かれていますね、日本も。」
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「さらに、踏み絵のことも出てくるぜ。江戸幕府はキリシタン(カトリック)を禁止しており、隠れカトリックを摘発するための施策として有名なのが「踏み絵」だ。ガリヴァは、踏み絵は免除してほしい、と願い出て、オランダ人なのに踏み絵を嫌がるとは変だ、と怪しまれるものの、なんとか踏み絵をしないで済んだ、という話だ。
オランダはプロテスタントでカトリックではないので、江戸幕府も貿易を認めていた。プロテスタント、という意味ではイギリス人のガリヴァも「イギリス国教会」なのだからカトリックではないのだが、踏み絵は嫌みたいだな。『ガリヴァ旅行記』では、宗教観に関する話はあまり前面には出てこない。なので、ガリヴァの宗教観もあまり出てこないのだが、この辺の意味合いはどういうことなんだろうな。俺もよくわからないぜ。」
名もなきOL
「世界史を勉強すると、江戸幕府がカトリックを禁止したのも、なんだかうなずける話ですね。」
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「そんなこんなで、ガリヴァは長崎からオランダ行の船に乗り、そこからイギリスに帰った。ということで第三編が終わる。」

あらすじ 第四編

名もなきOL
「いよいよ最終幕の第四篇ですね。」
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「あぁ、『ガリヴァ旅行記』の集大成、そして作者であるスウィフトの人生観が盛りだくさんの最終幕だ。イギリスに帰国したガリヴァは、またしても航海に出ることになった。今度は船長として船出したのだが、途中で雇い入れたならず者の船員らが反乱し、ガリヴァは捕らえられてどこかの島に置き去りにされてしまった。」
名もなきOL
「当時は、船員たちが徒党を組んで船を乗っ取る、という事件がしばしばあったんですね。『ロビンソン・クルーソー』でも、主人公を助けるきっかけになった船長は反乱を起こされてましたね。」
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「当時は、船員といえば犯罪者とか元海賊とか、そういう多数派社会からはみ出た人がやる仕事、というケースが多かったみたいだな。
さて、ガリヴァが取り残された島は、なんと馬が人間のように、いや、人間よりも遥に理性的で聖人君主的な馬が治める国だった。この馬は「フウイヌム」と呼ばれている。」
名もなきOL
「人間はいない動物の国なんでしょうか?」
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「いや、人間もいるぜ。といっても、人間を野生化したような貪欲で汚らしく、見てるだけで不快になる人間だ。この島では「ヤフー」と呼ばれている。」
名もなきOL
「「ヤフー」というと、インターネットの「Yahoo」を連想しちゃいますよね。」
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「ちなみに、Yahooの名前の由来はいくつかあるそうなんだが、そのうちの一つが、ガリヴァ旅行記の最終編に登場するこの汚らしい人間「ヤフー」から来ているそうだぜ。当時、yahooの開発者らが自分たちのことをそう呼んだことが始まりだとか。」
名もなきOL
「そう考えると、変なものから名前を取ったんですね、Yahooも。。」
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「ガリヴァはいつものようにフウイヌムの言葉を学んで、交流を始めた。自分たちが知っているヤフーとは異なるガリヴァの知性にフウイヌムは驚き、そしてガリヴァは高潔なフウイヌムに感化されていく。
例えば、フウイヌムには「嘘」に相当する言葉が無い。また、その概念もはっきり存在しない。そのため、「ありもしないこと」という表現を使う。言葉は、文化を反映するからな。」
名もなきOL
「ユートピアみたいですね、「嘘」が無い世界だなんて。」
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「まさにそのとおりだ。ガリヴァにとって、いや、著者のスウィフトにとっては、フウイヌムの国こそがユートピアなんだろうな。他にも、「戦争」「政府」「法律」「権力」という言葉も概念も存在せず、かなり自然に近い状態で、なのにとても理性的なフウイヌムが平和に暮らしている、というのもユートピア的だな。フウイヌム達と交流することで、ガリヴァは彼らの文化・生活に感化されていった。当初は、自国・イギリスを誇りに思っていたガリヴァも、やがて自国、いや人間社会が抱えている「戦争」「犯罪」「権力闘争」「権謀術数」などの悪事を嫌悪するようになった。そして、これらの悪事は、すべて人間が落ちぶれていった結果だ、と考えたんだ。ガリヴァは人間嫌いになり、このままフウイヌムの国の客人として生涯を終えたい、と考えるようになった。」
名もなきOL
「凄いのめりこみですね。ガリヴァは帰らなかったんですか?」
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「本人はそのつもりだったが、結局フウイヌムらから永住は認められず、船を作って帰らざるをえなくなったんだ。ガリヴァは無事に帰国するものの、嫌悪している人間社会で暮らすのがたまらなく嫌で、家族とも距離を置いて生活するようになった。そしてガリヴァは達観する。醜悪な人間が世の中に多いのは、すべて退廃した人間が行きつく当然の結果なのだ、と。これで、『ガリヴァ旅行記』は終幕となる。」

作者 スウィフトの人間観

名もなきOL
「なんだか、最後は衝撃的というか、意外な話でしたね。『ガリヴァ旅行記』は冒険活劇のような話だと思っていたんですが・・。『ガリヴァ旅行記』が風刺文学に分類される理由がわかりました。」
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「第一編の小人の国・リリパットの話は、確かにそうだな。だが、ガリヴァは最後は人間を嫌い、人間世界を嫌うようになってしまう。これは、作者のスウィフトの価値観がそのまま反映されていると思うぜ。」
名もなきOL
「前にもそう言ってましたよね。いったい、どういう人生を歩んできたんですか?スウィフトさんは。」
small5
「スウィフトは1667年11月30日にアイルランドのダブリンで誕生した。父はイングランド人のジョナサン・スウィフト。ちなみに、ガリヴァ旅行記のスウィフトも名前はジョナサンだから、父と同じ名前だな。母はアビゲイル・エリックという。母がスウィフトを妊娠している最中に父が亡くなり、母も生き別れとならざるを得なくなったため、幼い頃から伯父のゴドウィンのもとで育てられた。このあたりの事情は、記録がはっきりせず謎が多いそうだぜ。」
名もなきOL
「生まれた時からお父さんが既に他界していたんですね。その辺の事情はニュートンにも似ていますね。」
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「だが、伯父の下で養育されたスウィフトは、1686年にはダブリン大学を卒業している。当時としては、しっかりと教育を受けてきたようだな。作家になるための必要条件はクリアできたみたいだ。その後、イギリスの外交官として活躍したウィリアム・テンプルの秘書として政治活動に参加し、名誉革命で即位したウィリアム3世とも、主人であるテンプルの使いの者として謁見したこともあるそうだ。しかし、その一方で、突然アイルランドに戻って地方の司教になったりもした。ただ、司教の仕事も長くやったわけではなく、間もなくテンプルの元に戻った。テンプルが死んだ後は、トーリー党に属して政治パンフレットをたくさん書いた。おそらく、この時に風刺の経験をたくさん積んだのだろう。スウィフトは、政治的に成功することを夢見ていたようだが、その後まもなくトーリー党は失脚。スウィフトの政治生命も絶たれてしまった。その後はアイルランドに戻り、著作活動に専念するようになった。『ガリヴァ旅行記』もこの頃に書かれたもので、1726年に出版された。この時、スウィフト59歳。イギリス政治の体験を、ガリヴァ旅行記に反映させたわけだな。」
名もなきOL
「政争に敗れて失脚した、という背景があるのはわかりました。でもそれだけでは、『ガリヴァ旅行記』に描かれた、人間嫌いの理由としては足りない気がしますね。」
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「他には、司教時代にある女性と良い仲になり、結婚を申し込む手紙を書いたがフラれたことがある。また、それとは別に、長期間にわたって親しかったステラという女性がいるのだが、スウィフトは結婚しなかった。ステラとの付かず離れずの関係も、何かしら関係があるのかもしれない。また、若い頃に原因不明のめまいに悩まされた。おそらくメニエール病だったのではないか、と考えられているな。」
名もなきOL
「恋愛関係は、ほとんどの人が苦い経験をしますよ。そんなことがあれほどの人間嫌いの理由になるなら、元々の性格なんでしょうね、きっと。あと、メニエール病というのは関係あるんじゃないか、と思います。」
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「そうだな。『ガリヴァ旅行記』の背景にあるものは、おそらくこのようなものだっただろうな。
歴史上の有名作家の作品を読んでみると、本当に発見が多いんだ。本筋ではないが、ラピュタやヤフーといった、現代でも有名な名称の由来となっていることも、実際に確かめることができる。高校の授業では、文化に関しては作者名と作品名をゴロ合わせで暗記して終わり、ということが多いが、実際に作品を読んでみたり、作者の人となりを知ると、ゴロ合わせだけよりも記憶に残りやすいんじゃないか、と思うぜ。」




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