Last update:2022,Oct,1

自由と革命の時代

資本主義のひずみと社会主義の登場

あらすじ

big5
「さて、ここまで見てきたように、18世紀後半から19世紀前半にかけてヨーロッパでは革命が続発し、世の中は大きく変わりました。さらに、産業革命が進行することで経済面も大きく変化し、資本家が経営する工場で働く労働者の数が大幅に増えていきました。しかし、労働者は安い給料で長時間、キツイ職場で働かされ、厳しい生活を送っていました。」
名もなきOL
「まるで、ブラック企業で酷使されている会社員みたいですね。」
big5
「そんな中、労働者の生活を改善しよう、さらには労働者が革命を起こして新しい形態の国を作ろうという考えが誕生しました。社会主義です。1848年、マルクスエンゲルス共産党宣言を発表しました。これが本格的な社会主義者活動の始まり、と考えられています。
というわけで、今回は資本主義社会のひずみを糾そうとした、社会主義の誕生について見ていきます。まずは、いつもどおり関連年表から見ていきましょう。」

Marx18671867年のマルクス 撮影者:Friedrich Karl Wunder

社会主義のイベント 世界のイベント
1800年 ロバート=オーウェンがニューラナークの紡績工場で労働環境改善の取り組み開始 二月革命
1806年 ナポレオンが大陸封鎖令を実施
1807年 イギリスで綿花輸入が一時ストップするも、オーウェンは雇用を維持
1808年 フーリエが情念引力の理論を発表
1819年 イギリスで紡績工場法制定
1825年 サン=シモン 死去
1828年 フーリエが『産業的協同組合的新世界』を著す
1848年 マルクスとエンゲルスらが共産党宣言を発表 二月革命
1858年 ロバート=オーウェン死去


社会主義ってどういう考え方?

名もなきOL
「社会主義って、言葉はよく聞くんですけど、そもそもどういう意味なんですか?」
big5
簡単にいうと「社会の平等と公正を実現しよう」という考え方ですね。」
名もなきOL
「社会の平等と公正、ですね。・・・あれ?資本主義の日本でも、これって社会のキーワードとして出てきてますよね?社会主義に限った話じゃないような・・・。」
big5
「現代日本人から見るとそう感じると思います。ですが、マルクスとエンゲルスが共産党宣言を発表した1848年頃の社会は、現代日本とはいろいろ違ったんです。当時は、産業革命の進展とともに資本家が会社を設立して工場を建て、労働者に給料を払って働かせる、という資本主義が発展していきました。しかし、その頃の資本主義社会には、いわゆる「社会保障制度」という概念が薄かったんです。労働者は低賃金で長時間(だいたい12時間以上)働かされていました。小学生くらいの児童も大人と同様に働かされ、仕事効率が悪いと鞭で打たれる、というような、社会問題が深刻になっていったんです。」

Coaltub鉱山で狭い坑道を鉱物を引っぱって運ぶ子供

big5
「マルクスとエンゲルスは、労働者らが資本家らによって搾取されている構造は改めなければならない、と考えたわけです。特に経済面での激しい格差を是正しよう、「社会の平等と公正」を実現しよう、というのが社会主義ですね。」
名もなきOL
「それはとってもいい考え方じゃないですか!マルクスさんとエンゲルスさん、立派だと思います。」
big5
「労働者の生活を助けよう、という考え方自体は立派だと思うのですが、マルクスとエンゲルスが考えていたことは、それをさらに進めたものです。それは
資本主義社会はやがて行き詰まることが目に見えている。行き詰まった資本主義社会は労働者による革命で倒され、労働者が国を治める新国家を誕生させる。
という、労働者による革命で社会主義国家を実現しよう、というものでした。当時はフランス革命とナポレオン時代で「革命思想」がヨーロッパに広まっていました。マルクスやエンゲルスは、そのような時代の中でこれまでには存在しなかった新国家を革命を起こして建国しよう、と考えたわけですね。平等で公正な新国家には、貴族や資本家などの富裕層は存在せず、土地や農業・商業・工業などの産業は国有化され、生産手段は共有化される「共産社会」であるとし、それを目指すのが共産党というわけですね。」
名もなきOL
「革命を起こして新国家建国、ということは、フランス革命のような厳しい時代を迎える、ということになるんでしょうね。うーん、さっきマルクスさんとエンゲルスさんが立派、と言いましたが撤回します。」
big5
「確かに、マルクスやエンゲルスが唱える社会主義革命が実現したら、世の中の仕組みは激変するでしょう。その過程では大小さまざまな争いが発生し、戦争も起きるかもしれません。多くの人が犠牲になることは避けられないでしょうね。ただ、「経済格差を是正し、労働者の生活を改善する」という考え方を押し出したことには大きな意味があると思います。」
名もなきOL
「それだったら、給料を上げるとか、労働時間を短くするとか、児童労働を禁止にするとか、わざわざ革命を起こすとか大事にしなくても対応できることは多いんじゃないか、と思います。」
big5
「そうですよね。実際、マルクスやエンゲルスの登場以前から、社会主義的な対応を考えたり実践したりする人たちがいました。マルクスやエンゲルスは、自分たちの考えは経済学などの学問に裏打ちされた科学的社会主義と呼び、それ以前の人たちの考え方を空想的社会主義と呼んで批判しています。空想的社会主義というと、現実が見えていない理想論のように聞こえますが、実態は違います。ということで、次は空想的社会主義について見てみましょう。」


空想的社会主義(初期社会主義) その1.ロバート=オーウェン

big5
「まず用語を整理しましょう。「空想的社会主義」という言葉はマルクス&エンゲルスの軽蔑が入っていますので、あまり正しい呼び方ではない、という意見もあります。なので、代わりに初期社会主義という用語も使われます。ここでは、初期社会主義という用語で以後統一しますね。
初期社会主義の代表者と言えば、なんといってもイギリスのロバート=オーウェン(Robert Owen。以降、略して「オーウェン」と表記)ですね。」

Portrait of Robert Owenロバート・オーウェン  制作者:William Henry Brooke 制作年:1834年

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「オーウェンは1771年生まれなので、アメリカ独立革命よりも前ですね。オーウェンの父は手工業者で、オーウェンは少年の頃から商店の奉公人として働いていたそうです。やがて、産業革命で発展したマンチェスターで紡績工場の経営に加わって手腕を発揮し、大きな富を得ました。しかし一方で、奴隷のように酷使される労働者、特に児童労働には心を痛めていました。そこでオーウェンは一念発起し、1800年にスコットランドのニューラナークで紡績工場を買収し、労働者に優しい新しい工場の経営に乗り出しました。」
名もなきOL
「すごい!オーウェンさん、優しいですね。マルクスさんとかよりも、オーウェンさんの方が好感が持てます。でも、オーウェンさんの取り組みってかなり難しいんじゃないですか?給料上げたりしたら、コスト競争で負けて会社が維持できなくなったりとか・・・」
big5
「ですよね。オーウェンも当然、それは承知の上だったのでしょう。当時、労働者と言えば「ナマケモノで飲んだくれ、仕事はできる限りサボる」とか「スキあらば盗みをする。しかもまったく反省しない」という、いわゆる問題児が多かったそうです。なので、経営者らは問題児達に厳しく当たっていたのですが、オーウェンの考えは違いました。
「労働者が問題児なのは、社会環境が原因。責任は社会にある。労働者を法や罰で取り締まるのではなく、社会改良で変えるべき。」
問題の原因を探して、その原因にアプローチして問題解決を図る、というのは現代ではわりと当たり前の考え方ですが、当時ではかなり革新的な考え方でした。このような考え方でオーウェンは工場の改革を進めていきました。
まず1802年、オーウェンは自分の工場で働く労働者の子供達の世話と教育を行う施設を作りました。いわゆる「幼稚園」ですね。その幼稚園の教育方針は、オーウェン自ら作りました。主なものは・・・
・決して叩かない
・言葉や仕草で脅さない
・笑顔で優しい言葉で話しかける
・好奇心を刺激して質問させる。この時、身の回りの物の使い方や本質を教える。
というものです。」
名もなきOL
「現代の幼児教育の基本ですね。でも、児童労働させられてる当時の労働者から見れば、革新的だったんでしょうね。」
big5
「また、子供だけでなく労働者も守りました。1807年、イギリスで綿花輸入が一時的にストップし、綿花の価格が高騰する、という事件が起きました。原因は、1806年にナポレオンが出した大陸封鎖令です。
このため、イギリスの多くの紡績工場は操業停止し労働者らも解雇しました。しかし、オーウェンは雇用を維持しました。維持しただけでなく、給料も差し引くことなく支給し続けたんです。4カ月で7000ポンドという出費になりましたが、綿花の供給問題も解決し工場は操業再開しました。この一件で、オーウェンは労働者らの支持を得ることに成功し、工場改革をさらに進めることができるようになりました。」
名もなきOL
「「不況でもリストラしない」を実践したんですね。ほんと、オーウェンさんって凄いですね。」
big5
「このような活動で、オーウェンが経営するニューラナークの工場はイギリスでたいへん有名になりました。オーウェンは法律面でも労働者の保護をすべきと考え、政治的な活動も開始。1819年には紡績工場法が制定され、9歳以下の児童労働の禁止、16歳以下の労働者の労働時間は12時間まで、と規制されるようになりました。もっとも、これは紡績工場のみに適用されるルールなのですが、後の1833年の一般工場法へと続いていきました。
ちなみに紡績工場法適用前は、児童労働は6歳から、早い場合は5歳から始まり、労働時間は1日14時間が標準。長い所で15時間、酷い所では16時間だった、とのことです。」
名もなきOL
「1日14時間って、今なら8時間働いた後に6時間残業している、っていう内容じゃないですか。信じられないわ・・。」
big5
「ここまで成功を積み重ねてきたオーウェンでしたが、改革を阻む勢力との戦いの中で古くから残っている迷信、特に宗教的なものについて批判するようになっていきました。1817年、オーウェンはある演説会でイギリス国教会を始めとしたあらゆる宗教を「改革を妨げるモノ」として批判。さらに、私有財産制の否定や教会が取り仕切る婚姻制度も批判し始めました。このため、これまでオーウェンを支持してきた人々も離反し始めます。1825 年、オーウェンはニューラナークの工場を売却し、アメリカはインディアナ州に土地を購入して、ニューハーモニー村と名付けて彼が理想とした共産社会の実現を目指しました。しかしこれはあえなく失敗してしまいました。」
名もなきOL
「マルクスやエンゲルスが「空想的社会主義」と批判するのは、この失敗から来ているのかもしれませんね。」
big5
「イギリスに帰国した後も、オーウェンは労働者の生活改善のための活動を続けました。イギリス全国の労働組合を結成したり(これも数カ月で内部対立で解散してしまったのですが)、生活協同組合を結成したりしました。現在もコープ(Coop)という名前で各地で消費者協同組合が活動しているのも、オーウェンの活動が大きな影響を与えているわけですね。
このように、オーウェンは劣悪だった労働者の労働環境の改善に果敢に取り組み、児童教育や協同組合など、本当に労働者の社会的地位の向上に努めました。結果として、オーウェンの活動は失敗に終わったものも多いですし行き過ぎた思想もありますが、ニューラナーク工場での改革などは特筆すべき内容でしょう。マルクスやエンゲルスは「空想的社会主義」と呼んでいますが、私は「初期社会主義」と呼ぶべきだと思いますね。」
名もなきOL
「私もそう思います。オーウェンさんみたいな人は、もっと世界史で重要ポイント扱いしたほうがいいと思いますね。」
big5
「同感です。なお、オーウェンが経営したニューラナークの工場は、2001年にユネスコ世界遺産登録されました。公式サイトのリンクを貼っておきますので、是非見てみてください。」

NEW LANARK


空想的社会主義(初期社会主義) その2.サン=シモン

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「もう一人、マルクス&エンゲルスに「空想的社会主義」と批判されたのが、フランスの思想家サン=シモンです。」

Henri de Saint-simon portrait.jpg
パブリック・ドメイン, リンク

big5
「サン=シモンは1760年にフランスの名門貴族の子として生まれました。若い頃は理想に燃えており、アメリカ独立革命(参考:自由と革命の時代 アメリカ独立革命)に参加したりしていましたが、フランス革命時代は土地投機で金儲けすることに熱中。貴族なので、民衆に目を付けられて逮捕され、処刑されそうになったりしましたが、なんとか生き延びた、という変わった経歴の持ち主です。」
名もなきOL
「この方も波乱万丈な人生を送ったんですね。この時代は特に、人生の浮き沈みが大きい人が多い気がします。」
big5
「サン=シモンはその後、猛勉強を始めました。そして、産業社会論と呼ばれる、新時代に相応しい基本的な理論を生み出しました。サン=シモンの理論は、ナポレオン3世が政策の基本的な論理として取込み、フランス産業革命の礎となったので、フランスの歴史においてはかなり重要な役割を果たしています。サン=シモンの理論の中でも、主だったものを挙げると以下のようになります。
(1) 社会は産業に基礎を置いている。産業はあらゆる富の源泉である。
(2) 政府は社会の代理人である。その唯一の役割は、生産における自由と安全を確保することである。
(3) 社会を指導すべきなのは産業人(企業家、経営者、労働者)である。

というものです。特に(3)の「産業人」の中には、自らほとんど働かない貴族や上層ブルジョワジーは含まれていない、と考えられています。この考え方はサン=シモン主義などと呼ばれ、上述のようにナポレオン3世の第二帝政期に、フランスの産業革命を進行させる原動力となりました。
さらに、サン=シモンは経営者と労働者の関係については「互いにエゴを抑制して愛し合うべき」としました。この考え方は新キリスト教などと呼ばれることもあり、サン=シモン主義の影響は経済面のみならず、宗教面にも及んでいます。」
名もなきOL
「サン=シモン主義は、かなり筋が通っていると思います。マルクス&エンゲルスは、なんで「空想的社会主義」って呼んだんでしょうか?」
big5
「おそらく「方法が生ぬるい」と思ったんだと思います。マルクス&エンゲルスは、労働者の革命によって既存国家を打ち倒し、労働者らによる共産社会の国家を目指していました。しかしサン=シモンは、資本主義の悪い面を正すのに革命を起こす必要は無く、よく制御された国王権力のもとでも可能だ、としていました。サン=シモンは元々名門貴族ですからね。革命で痛い目にも合っていますので、革命を軸に置くマルクス&エンゲルスとは合わないのも納得できる話です。」
名もなきOL
「なるほど。話を聞けば聞くほど、オーウェンさんやサン=シモンの考え方の方が、私はいいと思います。」

空想的社会主義(初期社会主義) その3.フーリエ

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「最後に紹介するのはサン=シモンと同じフランスの哲学者・フーリエ(Fourier)です。数学や物理で有名なフーリエ変換のフーリエとはまったくの別人なので注意しましょう。紛らわしいことに、フーリエ変換のフーリエも、ほぼ同じ時代に生まれたフランス人なので、こんがらかりやすいです。
空想的社会主義、とマルクス&エンゲルスに批判されたフーリエは、ブザンソンの裕福な毛織物業者の子として生まれました。9歳の時に父を亡くして遺産を相続したのですが、その後のフランス革命騒ぎで財産を失ってしまいます。そのためか、フーリエは革命後のブルジョワ社会をかなり批判していました。

Fourierシャルル・フーリエ 

big5
「フーリエは1808年に「ニュートンの万有引力の法則に匹敵する情念引力の理論」を発見したと宣言しました。これは私もよくわからないのですが、人間が抱える情念にはいくつかの種類があり、それらは互いに引力を持って惹かれあう、ということらしいです。フーリエは、この理論に賛同した約1600人で協同体(ファランジュ)を結成して、農業を中心とした生活で協同して生産と消費を行うという、平等で公正な一種のユートピアのようなものを作ろうと考えました。」
名もなきOL
「私も情念引力というのはよくわからないですけど、ファランジュというのはオーウェンさんが作ったニューハーモニー村と似ていますね。オーウェンさんは失敗しましたけど、フーリエさんはどうだったんですか?」
big5
「フーリエのファランジュは、資金提供者が集まらずに企画倒れになりました。失敗ですね。
フーリエの思想は当時のフランスでも笑いの種にされることが多く、あまり賛同者はいなかったようです。ただ、協同体を重視したフーリエの思想は後の時代に登場する社会主義者らにも影響を与えているのも事実です。」
名もなきOL
「う〜ん、私はフーリエさんの理論がよくわかりません。フーリエさんについては、マルクス&エンゲルスから「空想的」と言われても仕方ない気がしますね。」

自由と革命の時代に登場した「社会主義」

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「ここまで、革命家といってもよいマルクス&エンゲルスの社会主義と、二人が「空想的社会主義」と批判したロバート=オーウェン、サン=シモン、そしてフーリエを見てきました。それぞれ考え方や方法には違いがありますが、彼らに共通していたのは「労働者の生活救済」です。産業革命によって資本主義社会が発展し始めた当初は、財力のある経営者が財力のない労働者から搾り取るという、例えるなら本国と植民地のような関係がヨーロッパ諸国に広がっていきました。虐げられている労働者らを救いたい、という思いは共通していましたし、その点は「社会主義」という考え方で共通していると思います。
1848年はマルクス&エンゲルスの共産党宣言の年であり、同時に二月革命に代表される、ウィーン体制崩壊の年でもあります。この時代に社会主義が誕生した、というのはとても象徴的な出来事ですね。この後、政治の世界ではヨーロッパ列強による植民地争奪戦が世界規模で広がっていきますが、その裏で社会主義運動はしっかりと草の根をはっていきました。やがてそれは、ソ連や中国といった共産党国家の誕生へと繋がっていくわけですね。
と言ったところで今回はここまで。
ここまでご清聴ありがとうございました。」
名もなきOL
「今日もありがとうございました。」

大学入試共通テスト 世界史B 過去問


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「大学入試共通テストの世界史Bでは、初期社会主義や共産党宣言に関する出題はわりと少ないです。優先順位を作るとしたら、この分野は後回しでもいいかもしれません。」

令和2年度 世界史B 問題25
産業革命期のイギリスでは、変革に伴い新たな社会問題が発生し、工場経営者(ア)は労働者の待遇改善を訴えた。1833年には、労働者を保護する(イ)が制定され、児童・未成年者の労働時間が制限された。
(ア)オーウェン or フーリエ  (イ) 人身保護法 or 工場法
(答)上記の通り、(ア)はオーウェン、(イ)は工場法です。ロバート・オーウェンの話を知っていれば簡単な問題だったと思いますが、知らないと正答は難しい問題です。



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