センター試験 世界史B 2015年

第4問

問1(通し番号:28)
2つの文章の正誤について、正しい選択肢を選ぶ問題です。導入文はチェスの話ですが、解答するには全く関係ありません。aの「ヒッタイト人が戦車を使ってモンゴル高原に勢力を広げた」といのは、「モンゴル高原」が明らかに誤りです。ヒッタイト人は、古代に小アジアから中東方面で栄えた民族であり、モンゴル高原とは場所が全然違います。bの「第一次世界大戦で戦車(タンク)が用いられた」というのは正しいです。第一次大戦で、戦車や空中戦を行う戦闘機、敵地に爆弾を落とす爆撃機などが実戦投入され、戦場の様子は一変しました。よって、正解はBとなります。

問2(通し番号:29)
女王について、正しい選択肢を選ぶ問題です。@「クレオパトラはテル=エル=アマルナに遷都した」は、多くの受験生は「テル=エル=アマルナって何だっけ?」と思ったと思います。こういう場合は、保留して次に行きましょう。ただ、クレオパトラはかなり著名な人物なので、カエサルが活躍していた頃のローマの歴史が好きな人だったら、クレオパトラが遷都したという話は聞いたことがない、と感じますので、@はおそらく誤り、と推定できるかもしれません。ちなみに、テル=エル=アマルナとは古代エジプトに一時首都となった都市で、ここに遷都したのはアメンホテプ4世(イクナートン)です。アメンホテプ4世は、それまでアモン神を祀る首都・テーベを嫌い、彼が信仰する神・アトンを祀る新たな首都として、テル=エル=アマルナに遷都しました。古代エジプトファンには、簡単な問題だったと思います。続いてA「卑弥呼は北魏から親魏倭王の称号を得た」は、「北魏」という点が誤りです。北魏は五胡十六国時代に成立した最初の異民族王朝ですが、卑弥呼に親魏倭王の称号を与えたのは三国志時代の「魏」です。ちなみに、三国志が好きな方は、卑弥呼に親魏倭王の称号を与えたのは曹操の息子・曹丕だったことも覚えておくと、応用が効きやすくなります。続いてB「イサベル女王はカブラルを援助した」。まず、カブラルが何をした人なのかを覚えてくといいです。当サイトの「大航海時代」のページでも書いていますが、カブラルはブラジルにたどり着いて、ポルトガル領だと主張した人です。これがきっかけになって、ブラジルはポルトガル領としての歴史をスタートさせました。一方で、イサベル女王はスペインの女王ですので、カブラルを支援するとは考えにくいです。従って誤りと判断できます。もし、カブラルではなく「コロンブスを支援した」であれば、正しい選択肢になります。そしてC「アン女王の時に大ブリテン王国が成立した」ですが、これが正しい選択肢です。1707年、イングランドはスコットランドを合併して「大ブリテン王国」となっています。

問3(通し番号:30)
近代オリンピック開催国の歴史について、正しい選択肢を選ぶ問題です。時代区分も範囲も限定しない、センター試験らしい問題だと思います。@「リュクルゴスの下で、アテネ民主政が完成した」は、リュクルゴスというのが誤りです。古代アテネの民主政を完成させたのはペリクレスです。ペリクレスは古代ギリシア史の一級有名人なので、これは覚えておきたいところです。A「「強いアメリカ」を掲げたブレア政権」は、現代の話です。ブレア政権はイギリスの政権なので誤り。B「ソウルはかつて慶州と呼ばれた」は、そんなことは無いです。ソウルを漢字で表記すると「漢城」となります。C「オーストラリアの先住民はアボリジニ(アボリジニー)と呼ばれる」は、まさにそのとおりです。歴史の問題と言うか、一般常識としてテレビのクイズ番組にも出てきそうな問題です。ということでCが正解になります。これは確実に取りたい問題ですね。

問4(通し番号:31)
中国から伝わった制度・文化について誤りを選ぶ問題です。これはAが正解となります。ポイントは、製紙法が伝わったのはモンゴル軍の遠征ではなく、タラス河畔の戦いで捕えられた唐の兵士であることです。タラス河畔の戦いは、751年に唐とアッバース朝が中央アジア(現カザフスタン)で衝突した戦いでした。この戦いはアッバース朝の勝利に終わっています。タラス河畔の戦いの重要ポイントは、勝敗よりも
・唐とアッバース朝が国境を接するほどに拡大していたこと
・唐の捕虜により、製紙法が伝わったこと
の方が、テストで狙われやすいポイントになる傾向があります。

問5(通し番号:32)
競技・闘技の場で行われた歴史についての文章の正誤問題です。ここまで来ると、強引に歴史の問題をこじつけているように思えてなりません。まずa「ペルセポリスにコロッセウムが造られた」。これは「ペルセポリス」と「コロッセウム」が何なのかを知っている必要があります。まず「ペルセポリス」ですが、これはアケメネス朝ペルシアが建設した都市です。「ペルセ」が「ペルシア」から来ている、と考えれば覚えやすいと思います。「○○ポリス」という名前からすると、ギリシア圏の都市名に聞こえます。実際、「ペルセポリス」はギリシア人がつけていた名前で、ペルシア語に基づいてカタカナ表記すると、もっと別の表記になるそうです。次に「コロッセウム」は、おそらく多くの人が古代ローマの遺跡であるイタリアの円形闘技場のことだ、とわかると思います。「コロシアム」というのが、英語に基づいたカタカナ表記です。当然、「コロッセウム」はローマの建築物なので、ペルセポリスに造られることはまず考えられません。従ってaは誤り。b「ネーデルラントで球戯場の誓いが行われた」は、すぐに誤りだと気付いてほしい問題です。「ネーデルラント」とは、オランダのことです。これは高校世界史の基本事項なので、ぜひ覚えておきましょう。そして「球戯場の誓い」も、高校世界史でも挿絵入りで扱われるくらいの有名イベントで、フランス革命初期に、革命派が「憲法を制定するまで絶対に解散しない!」という議会の設立を宣言した事件です。「球戯場」とは「テニスコート」のことなので、私が高校生の頃は「テニスコートの誓い」とも表記されていました。というわけで、球戯場の誓いはフランスで行われることが正しいので、これも誤り。正解は両方とも誤りとしたCとなります。

問6(通し番号:33)
a、b、c、3つの文章を年代順に並べ替える問題です。まず、aの九カ国条約。九カ国条約というのは略称なので、「中国に関する九カ国条約」とより正式名称に近い言葉で覚えた方がいいです。九カ国条約は第1次大戦と第2次大戦のいわゆる「戦間期」の1922年に列強+中国で結ばれた条約でした。表向きは「門戸開放、機会均等」というスローガンのもとに、中国の独立を確認する内容ですが、実際には日本による中国植民地化を欧米が牽制する目的で締結した条約です。今回の問題では、1922年を覚えていなくても、戦間期に結ばれた条約であることを知っていれば十分です。bの日中国交正常化は、1972年の日中共同声明で実現しました。今回の問題では、これが戦後の話であることがわかれば十分です。最後のc「ABCDライン」は、第2次大戦中に、A:アメリカ、B:ブリテン(イギリス)、C:チャイナ(中国)、D:ダッチ(オランダ)で日本を集中攻撃するという連携のことです。今回の問題では、第2次大戦中の話であることがわかれば十分です。従って、a「戦間期」、b「戦後」、c「第2次大戦中」ということで、a→c→bとなっているAが正解となります。このように、歴史イベントの年号を丸暗記していなくても、おおよその期間を知っていれば十分正答できる問題が出題されるのも、センター世界史の特徴の一つです。

問7(通し番号:34)
天文学に関する歴史知識をとう問題です。この問題は比較的マイナーな点を突いているので、多くの受験生が困ったと思います。正誤の組み合わせも全ての組み合わせを網羅しているので、選択肢から推定する方法も通用しません。まずaの宋学。宋学というよりも、別名の朱子学の方が有名だと思います。それまで中国の伝統的学問であった儒学は、古典に書かれている字句の研究などが主体で、あまり宇宙の構成や人間の在り方などには触れていませんでした。宋学は、伝統的儒学がこれまで範囲外としていた、宇宙論や人間論を展開していったところに特徴があります。なので、aは正です。bの「アリスタルコスの天動説」の「アリスタルコス」は、ややマイナーの人部ですが、彼は古代ギリシア時代の天文学者で、当時から既に地動説を唱えていました。ただ、当時はそれを証明知る実験器具も発達しておらず、中世ほど酷くはありませんでしたが、「神を冒涜する」という迷信も強かったため、ほとんど支持を得られませんでした。そのためか、アリスタルコスは教科書や資料集でもあまり扱われません。彼の説が正しいことが証明されるのは、およそ1000年もの時を待たなければなりませんでした。ただ、これを知っている受験生はあまりいないと思います。
そこで解答方法としては、天動説を唱えた昔の学者として、プトレマイオス(アリスタルコスよりは知名度のある)がいるので、この選択肢は「プトレマイオスがアリスタルコスに置き換えられている」と考えて誤り、と考えるのがいいかもしれません。以上より、正しい組み合わせはAとなります。

問8(通し番号:35)
貞享暦に関する文章の空所補充問題です。まず、鍵となる知識が元の天文学者・郭守敬の授時暦です。郭守敬の授時暦は、1年を365.2425日と算定しました。これは、現在私たちが使っている太陽暦の1年の長さと同じです。渋川春海は、この授時暦を基に貞享暦を作り出しました。これを知っていれば、Aが正解となります。しかし、この問題は設問の不備でCも正解とされました。というのも、説明文の「貞享暦は、中国のアの時代に、」という部分の「中国のアの時代に」というのが、貞享暦が作成された時期にかかっているのか、郭守敬が授時暦を作った時期にかかっているのか、どちらとも取れるからです。貞享暦が作成された時期であれば、Cが正解となります。
ちなみに、顧炎武は明末期から清初期にかけて活躍した学者ですが、天文学者ではありません。

問9(通し番号:36)
長安(西安)で起きた事件について、正しい文を選ぶ問題です。正解はBの国共内戦時代に、張学良が蒋介石を逮捕して、共産党討伐よりも対日本戦への注力を強要した「西安事件」になります。この事件がきっかけで第二次国共合作が進むことになりました。@の明の洪武帝が都を置いたのは、長安ではなく南京なので誤り。Aの長征後の共産党の根拠地は、中国の西部ですが長安ではないので誤り。Cの日中戦争中の国民政府の首都は南京なので誤りとなります。

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