大航海時代 (The Age of Great Navigations)


なんかこう、ロマンを感じさせる響きがありませんか?「大航海時代」。私は子供の頃、大航海時代という言葉に想像を広げていました。未知の島、未知の国、そして溢れる財宝・・・。大航海時代は、ヨーロッパ人(特にポルトガル人とスペイン人)が、自分たちが住むキリスト教の世界から、船に乗って未知の世界へと果敢に探検していった時代でした。
国内ゲームメーカー大手のKOEIさんの人気シリーズの中に「大航海時代」というゲームがあります。その名の通り、この時代のヨーロッパを舞台に、自分の船隊を編成して、探検に交易にそして海賊行為と、大航海時代の気分を楽しめるゲームです。
※KOEIさん公式ホームページ

そんなイメージがある一方で、この時代に計り知れない負の遺産も生まれました。黒人奴隷貿易です。西ヨーロッパ諸国は、発見した新大陸に植民地を作り、そこでは「プランテーション」と呼ばれる大規模農場が作られました。プランテーション経営の利益を最大限に高めるために利用されたのが、驚くほど少ないコストで使える黒人奴隷でした。黒人奴隷は、自らの意思に関係なく、カリブ海のプランテーションでサトウキビの栽培などを強制され、使い捨てられていったのです。そのやり方は、昨今の日本でも社会問題化している「ブラック企業」のようなもの(あるいはそれよりさらに酷いもの)でした。プランテーションで働かされる黒人奴隷に明るい未来などは皆無で、ただただ、死ぬまで働かされるだけでした。これらの黒人奴隷たちの子孫が、アメリカや中南米に住んでいる黒人で、人種差別は現代社会でも排除しきれていない社会問題になっています。
                                                                                                                                                                           
1418年

エンリケ航海王子(24)がサグレス城に研究施設を設置

エンリケ航海王子派遣の探検隊がマデイラ島に到達
1419年
1420年
1421年
1422年
1423年
1424年
1425年
1426年
1427年

エンリケ航海王子(33)派遣の探検隊がアゾレス諸島に到達
1428年
1429年
1430年
1431年
1432年
1433年
1434年

エンリケ航海王子(40)派遣の探検隊が前人未踏のボジャドル岬の通過に成功
1435年
1436年
1437年
1438年
1439年
1440年
1441年

エンリケ航海王子(47)派遣の探検隊がブランコ岬回航
1442年
1443年
1444年
1445年

エンリケ航海王子(51)派遣の探検隊がヴェルデ岬に到達
1446年
1447年
1448年
1449年
1450年
1451年
1452年
1453年
1454年
1455年
1456年

エンリケ航海王子(62)派遣の探検隊がギニア湾に到達
1457年
1458年
1459年
1460年
11月13日エンリケ航海王子(66)死去
1461年
1462年
1463年
1464年
1465年
1466年
1467年
1468年
1469年
1470年
1471年
1472年
1473年
1474年
1475年
1476年
1477年
1478年
1479年
1480年
1481年
1482年
8月カンがコンゴ川を発見
1483年
1484年
1485年
1486年
1487年
1488年
B・ディアス(37?)が喜望峰に到達
1489年
1490年
1491年
1492年
8月C・コロンブス(41?)が大西洋航海に出航
10月12日C・コロンブスがカリブ海諸島(西インド諸島)の一角に到達
1493年
C・コロンブス(42?)が第2回航海に出発
5月4日教皇アレクサンデル6世が教皇境界線(教皇子午線)を設定
1494年
6月7日トルデシリャス条約
1495年
コロンブス(44?)が第2回航海から帰国
1496年
マヌエル1世がムーア人とユダヤ人を北アフリカに追放
1497年
カボート(47?)がニューファンドランド、ケープブリトン島、カボット海峡を発見
1498年
5月バスコ・ダ・ガマ(38?)がインド西岸カリカットに達し、インド航路が開かれる
C・コロンブス(42?)が第3回航海に出発
1499年
アメリゴ・ヴェスプッチ(45)の探検航海
1500年
4月22日カブラルがブラジルはポルトガル領であることを主張し、南米における地位を確立
コロンブス(49?)が第3回航海から帰国
1501年
アメリゴ・ヴェスプッチ(47)がポルトガル探検隊を率いて南アメリカを探検
1502年
コロンブス(51?)が第4回航海に出航
バスコ・ダ・ガマ(42?)がインドに派遣され、イスラム商人の反撃に対してカリカット、コーチンを報復攻撃
ラス・カサス(18)が伝道師としてヒスパニオラ島に渡る
1503年
アルブケルケ(50)がコーチン王からポルトガル基地設立の許可を得る
アメリゴ・ヴェスプッチが「新世界」を刊行
1504年
コロンブス(53?)が第4回航海から帰国
1505年
アルメイダ(55?)が初代インド副王に任命される
1506年
5月20日コロンブス(55?)死去
アルブケルケ(53)がアフリカ東岸のアラブ人を討つ
1507年
アルブケルケ(54)がペルシア湾のオルムスを占領
ワルトゼーミュラーが新大陸を「アメリカ」と名付けることを提唱
1508年
アルブケルケ(55)がマラバルに到着し、インド総督後任の辞令を出すも、アルメイダに投獄される
1509年
コロンブス・ディエゴ(30?)が西インド総督に任命され、サントドミンゴに渡る
アルメイダ(59?)がゴア、ダブールなど港を焼き払い破壊
1510年
アルブケルケ(57)がゴアを占領
1511年
アルブケルケ(57)がマラッカを占領
1512年
1513年
アルブケルケ(60)がホルムズ占領
9月バルボアがパナマ地峡を横断し、太平洋に到達
1514年
ラス・カサス(30)がインディオに加えられている不正に気付いて回心
1515年
アルブケルケ(62)がオルムズを占領
1516年
1517年
ポルトガルが広東に到達
1518年
1519年
9月20日マゼラン(39)が新航路探検航海に出発
11月コルテス(34)がアステカ帝国首都テノチティトランに到着
ラス・カサス(45)が「自由インディオの町」建設にかかるが失敗
1520年
6月30日「悲しき夜」 コルテス(35)がかろうじてテノチティトランを脱出
1521年
8月コルテス(36)がテノチティトランを再度占領。アステカ帝国滅ぶ
1522年
9月7日J・エルカノに率いられた残存マゼラン船隊がスペインに帰国
1523年
イスパニオラ島のサント・ドミンゴで最初の大聖堂の建設が始まる
1524年
バスコ・ダ・ガマ(64?)がインド副王に任命される
12月24日バスコ・ダ・ガマ、コーチンにて病没。享年64?歳。
1525年
スペインがグアテマラ高地を征服
1526年
コルテス(41)が旧アステカ帝国の統治権を剥奪される
1527年
ポルトガルがマカオへの寄港を許される
1528年
1529年
サラゴザ条約が結ばれ、境界線が結着




1.エンリケ航海王子とポルトガルの海外進出
2.コロンブスの発見
3.アメリカ大陸探検
4.コンキスタドール コルテスのアステカ帝国征服
5.コンキスタドール ピサロのインカ帝国征服
6.黒人奴隷貿易とラス・カサス
7.商業革命と価格革命

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